犬は吠えるがキャラバンは進む

The Dogs Bark, But The Caravan Moves On.

journal in Japanese

2022/06/28

今日、自分自身の内側を今一度見つめてみた。その昔、私は自分の中にあるものがとても穢れた、あるいは奇妙な要素のように思われた。肉欲、あるいは物欲。でも今は、そんな風に自分を捉えること自体がいじめなどで他人からそう仕向けられたことがわかる。今…

2022/06/27

今日、中島義道『ニーチェ』を読みながらふと「どうして自分は哲学をしたいと思うのだろうか」と考えた。なぜ自分自身に問いかけるのか。「よく生きる」ため? ならば「よく生きる」とはどういうことだろうか、と。かつては私も「偉くなる」や「金持ちになる…

2022/06/26

あるネイティブ・スピーカーの方から、私の英語日記に関してミスを指摘される。もちろん正直に言えば、ミスを認めるのはなかなか難しい。通じればそれでいいのだ、というのは一種の居直りであり悪あがきだろう。アントニオ猪木は「負けを認められない奴は強…

2022/06/25

古田徹也『はじめてのウィトゲンシュタイン』の中に面白い言葉が登場する。「ウィトゲンシュタインはあるとき、世界をよりよくしたいという友人に対してこう答えたという。『あなた自身を改善するのがいい。それが、世界をよりよくするためにあなたができる…

2022/06/24

図書館に行き、永井均『〈子ども〉のための哲学』とニーチェ『道徳の系譜』を借りる。永井均のこの本は私が早稲田に在籍していた頃に愛読していた記憶があるのだけれど、今読んでも実にフレッシュで面白い。私自身は実はまだ「子ども」ではないだろか、と思…

2022/06/23

ここ最近、小沢健二のアルバムを聴き返している。『犬は吠えるがキャラバンは進む』と『LIFE』の2枚を特によく聴いている。これらのアルバムは、私にとある課題を投げかけているように思う。「普通の暮らし」を祝福できるかどうか? というものだ。何てこと…

2022/06/22

朝、clubhouseでシンディさんが開いたルームに入る。そこで「自信を持って英語で話すにはどうしたらいいか」を学ぶ。声のトーンや大きさについて学び、そこから話は心構えについてにまで至る。私は出川イングリッシュについて話した。出川哲朗の英語は確かに…

2022/06/21

また村上春樹に関心が戻りつつある。彼のデビュー作『風の歌を聴け』を読みたい、と思っているのだった。実に他愛のない、ビーチ・ボーイズを聴きながら女の子をナンパしたり友だちとビールを飲みながらおしゃべりしたりラジオで音楽を聴いたり、そうして無…

2022/06/20

今日昼に、英会話教室で知り合った方とお話しする機会があった。その方は私の英語力を認めて下さって、市内の施設で行われている英語関係の集いを紹介して下さった。もちろん、非常にありがたいことだ。来月3日にまた集いがあるということなので行ってみよう…

2022/06/19

今日は発達障害を考えるミーティングがあった。コロナに気をつけて、ZOOMでオンラインで開く。私は今回はclubhouseで自分がどのような活動を行っているかを話した。宍粟市国際交流協会の方から薦められて登録してみたこと、そしてジュディスさんと出会ったこ…

2022/06/18

トルーマン・カポーティは「ぼくはアルコール依存症だ。ぼくはドラッグ中毒者だ。ぼくは同性愛者だ。ぼくは天才だ」と宣言(?)した。私自身も、自分がこんなにも生きづらい思いをしてアルコール依存症に陥り、不幸のズンドコに陥らなければならないのは自…

2022/06/17

古井由吉『鐘の渡り』を読み始めた。思えば私も今年で47歳。この歳になっても、結婚どころかデートすらしたこともない。華やかな青春とは無縁に生きてきた。『鐘の渡り』では老いを生きる人々の死生観や省察が生々しく綴られていて、その筆致に息を呑む。私…

2022/06/16

今度の日曜日に行われる発達障害を考えるミーティングで発表するため、これまでclubhouseで行ってきた活動をまとめてみた。clubhouseで英語で表現することを薦められて使い始めて、そしてジュディスさんと会って、彼女の薦めで日記を朗読するようになって……c…

2022/06/15

今日、断酒会の席で幸せとは何だろうという話になった。私自身は、かつてはいい大学からいい会社へ、という幸せを心のどこかで信じていた。実に世俗的な幸せだ。だからこそ、いい会社に入ることができなかった時に落胆も激しく、そのまま死を願って酒を呑ん…

2022/06/14

今日は職場で健康診断があった。過去のことを思い出す。呑んだくれていた頃、当然節制などできるわけもなく暴飲暴食に明け暮れ、医師から断酒を薦められても聞く耳を持たないまま過ごしていた……あの頃、私はいつ死んでもいいと思っていた。いつでも死ねる、…

2022/06/13

今日はフェルナンド・ペソアの誕生日だという。たまたまそのペソアの『不安の書』を読んでいるので、こんなこともあるのだなと思った。『不安の書』はストーリー展開が面白いわけではなく、むしろそのあまりにも繊細な感受性ゆえに綴られる生きづらさと人間…

2022/06/12

今日は休みだった。朝、イオンに行きそこでいつものように本を読もうとする。しかし、本は私に何も語りかけてこなかった。そこに書かれていることを私はもう理解できないのではないか、とさえ思った。もちろん、本がくだらないとかそういうわけではない。本…

2022/06/11

Twitterをやめるべきかと考えている。どうもTwitterをやっていると自分の性格が窮屈になるように感じられる。目の前に現れた意見に反射的に反応してレスポンスをする癖がつくように感じられるのだ。佐々木敦が、何事かを批評するには反射神経も必要であると…

2022/06/10

ダグラス・マレー『大衆の狂気』を読み始めた。実に面白い本だと思う。自分自身のことを反省させられる。この本で扱われているのは「ゲイ」や「女性」といったアイデンティティを主張しすぎることの弊害だが、私自身は過去に自分自身が自閉症者であることに…

2022/06/09

今日は早番だった。日課として朝起きたら私は昨日のことをこの日記に書く。愛用しているメモパッドに記したことを見ながら書いていく。そして朝食を摂りシャワーを浴び洗濯をして、Discordで英語でチャットをして過ごす。その後会社に行き仕事をする。仕事前…

2022/06/08

実は今日は休みだったので、昨日の英会話教室で出た宿題をこなした。たまたま思い出した過去の私のエピソードをそのまま英作文として表現した。40の歳、自閉症/発達障害に関するミーティングの席でとある女性と出会ったこと、そしてその女性を通して自分自…

2022/06/07

今日は休みだった。朝、ジュディスさんがclubhouseで開いたルームに入って少し話す。自分が今島田裕巳『オウム』を読んでいることを話したが、私の英語の拙さもあってうまく伝わったかどうか心もとない。ジュディスさんから見たら「そんな1995年のことをどう…

2022/06/06

島田裕巳『オウム』を読み進め、オウム真理教事件について考えた。オウム真理教の「尊師」である麻原彰晃という男とは一体何者だったのか……この本の中で描かれる麻原彰晃という人物は、実に多面的な顔を持っていたようだ。ある時は確かに「尊師」と呼ばれる…

2022/06/05

今日はなぜかわからないけれど眠かったので、仕事が終わってから島田裕巳『オウム』を読むか映画を観るかしようかと思ったのだけれど、夕食を食べた後横になったら眠ってしまった。起きたらもう遅い時間だった。まあ、そんなこともあるだろう。島田裕巳『オ…

2022/06/04

ジュディスさんが今日、clubhouseのルームを開いていた。そこにお邪魔して話す。話題はSNSでのフォロー返しについてだった。フォロー返しを相手に要求するかどうか。私は、SNSの人間関係に「義理」を持ち込みたくない。ビジネスなら多少の「義理」は仕方ない…

2022/06/03

町内にあるお寺で毎月やっていたミーティングを再開できないかどうかと考えた。もし再開できるなら、私はclubhouseでやっている「Let Our Souls Talk」というルームで話してきた自閉症のこと、私の半生について及び私が経験した恋について話せないかと思った…

2022/06/02

いつも仕事に入る前は、どうしたら仕事モードに入ることができるのか考えている。頭であれこれ、仕事モードに入るための方策を考えてしまうのだけれど皆目その方法がわからない。だけれども、現場に入って制服を着替えて、階段を登りタイムカードを切ってそ…

2022/06/01

次にclubhouseで話す話題はどうしようか、と考えた。もう自分の中の話したいことを全部出し切ってしまったようにも思ったのだけど、もし話すとするなら今参加している発達障害を考えるミーティングや断酒会について話したいと思った。どのようにしてそうした…

2022/05/31

私は自分はコミュニケーションがヘタだと思っている。なかなか他の人のようにうまくトークを転がすことができず、人を説得して導くこともできない。リーダーになるなんてとんでもないことだ。それでも、DiscordやMeWeでグループを作ったら人は参加してくれる…

2022/05/30

今日は通院日だった。帰宅してチャットをする。とある人に、「あなたは自閉症を克服したと思っていた」と言われた。この言葉が善意から出てきたものであることを私は疑わない。だが、悲しい事実として書かなければならないのは自閉症は一生続く問題であると…