単純な生活

Life goes on brah!

20261010

たんなる怠慢と言ってしまえばそれだけの話になるのだけれど……まず大前提としてぼくはいつも、マルマンからリリースされているニーモシネというメモパッドに英語でメモを書いている。その内容はいろいろで、朝の英会話のZOOMミーティングに参加した時に感じたことを英語を使ってメモ書きしたりあるいはふだん考えていることを忘れないように英語で書き留めたりしている(世の中には「メモしなければ忘れる情報・着想はしょせんその程度だ」と割り切れる人もいるらしいが、相当肝の据わった人なんだろうと思う)。そして、1日の終わりにそのメモパッドを見ながら起きたことを思い返してそれを日記にしたためていく。

ただ、今日は(おいおい書いていくけれど)そんなことをする気になれなかった。ぼくがこの英語メモの習慣をはじめてからだいたい6年ほど経つと記憶するのだけれど、6年もやっているという事実にあぐらをかいてしまったかあるいはマンネリに感じられたか、ともあれやる気がまったく出なかったのだ。もっと言えばこの日記を書くという作業についてさえ、なんだか「単純作業」「反復」という感じでしかとらえられなくなってきている。言い訳に響くと思うのだけれど(でも、いったいなんの「言い訳」なんだろうか)つまらない1日をリピート/リプレイしているような、そんな気になるのだった。

こんな時どうしたらいいだろうか……いや、こういう「マンネリ感」「退屈さ」はそれこそ誰もが感じることだろう。ぼくの場合はこんな場合まず図書館に行って適当に本を借りてみたり、あるいは公演に行ったりSpotifyで聴いたことのない音楽を試してみたりする(最近はもっぱらDreamcoreやWeirdcoreと呼ばれるホワホワしたシンセサウンドに夢中になっている。たとえば『ゆめにっき』のサウンドトラックなど)。枕が長くなってしまったけれど、ともあれ今日はそんな事情により「あったこと」をそのまま日記として再現することは出来ない。「考えたこと」「思ったこと」なら書き留められるかもしれない。

今朝は6時頃目が覚めて、そしてさっそく絵を描く。Inktoberも早いもので10日目になる。今日のお題は「Mystical」、つまり「神秘的な」という意味だ。このお題からぼくは、前にロバート・ハリスさんの本『アフォリズム』で知ったアイザック・バシェヴィス・シンガーという作家の言葉「人生は神が書く小説である。神に書かせ給え」という言葉を思いついたのでそのまま絵にしてみた。それをさっそくInstagramやDiscordなどに投稿する。それから7時にシャワールームでシャワーを浴び、7時50分から英会話のZOOMミーティングに参加する。

それが終わると8時半で、いつも通り朝食を食べた後に部屋を出る。今日は10時から仕事で、1時に休憩時間をもらって休憩室でしばしパスタを食べた後考えごとをする。今日考えたことというのは「人の気持ち」ということだった。ぼくは(自慢じゃないが)人の気持ちがまったくわからない。そして、最近では「人の気持ちなんてわかるものじゃないか」と考え、「わからないものはわからないままで留めておいてもいいのかな」と思えるようにもなった。懐疑的になり過ぎず、不可知なものはそのままに自分が責任を取れたりコントロール出来たりすることがらに集中しようと考えられるようになったのだと思う。

いつも書いていることだけれど、ぼくは発達障害者でそれゆえに人の心を類推するのが苦手だ。「サリーとアン課題」に代表されるように、人の立場に立ってシミュレートするということが出来ず「どうしてそんな簡単なことがわからないの」となじられることも何度もあった。逆にぼくの場合、相手の気持ちを読み過ぎようとして泥沼にはまることも多々あったのである。それで、10代の頃は人となかなか打ち解けられず(相手が悪意を持っている場合も往々にしてあったので)、本ばかり読んでいた。本のキャラクターの心理はなんとか読めたし、万が一読めなかったとしても特に問題にはならなかったからだ。

20代になって、宮台真司さんの影響で――もちろん、「自分なりに」「ない知恵絞って」というただし書き付きで――論理的に物事を考え抜き相手を圧倒させ論破させようという意志が芽生える。論理で相手を黙らせてしまったら、あとは相手が気持ち的に納得できなかったとしても相手が悪いことになる……無邪気にも、あるいは愚かにもそう考えていたのだった。もちろん、いまはぼくは「人間は感情・情念をベースに動く(ぼく自身ももちろん含めて)」ということがわかってきたつもりである。ただ、過去はそんな風にマシンになろうとした。そんなことを思い出した。

そうした考えごとが一段落した後(というか、「なんだかこんなことをしつこく・ねちねちと考えていても進歩がないな」と思ったので)、今日の漫画を描く。それが終わると近所にある未来屋書店に行って、晴れてしおたにまみこ『くも』を買い求める。お金はもちろん惜しかったけれど、これもマンネリ感を打破するために必要な作業だと自分に言い聞かせてしまった。今日は5時まで仕事だったので、2時に職場に復帰してもうひと頑張り仕事をしてそして退勤する。帰宅前に図書館に寄る。そこで本を見繕う。

ハン・ガンの本を借りるか、それともここらでいっちょ『失われた時を求めて』か……とあれこれ考えていたところふと閃いたものがあって絵本のコーナーを見やる。そこで、ショーン・タンの絵本『遠い町から来た話』があったのでそれを借りることにした。絵本を借りるのは実はこれがはじめてかもしれない。帰宅後、その『遠い町から来た話』を読む。まだ一読した段階だけれど、これはぼくの関心にそぐうところがあるのかもしれないと思った。平穏な日常に(たいていは物理的に遠いところ、たとえば日本などの異国から)他者が到来し、そして静かな混乱を起こして静かに去っていく(パニックは明確には描かれない)。その、微温的な混沌がいいなと思った。もちろんこれはポジティブな意味で言っている。

それで気を良くしたせいか、ChatGPTにこれから読むべき本を指南してもらう。エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』(これは持っている)や、あるいは過去に読んで感銘を受けたブライアン・エヴンソン『遁走状態』『ウインドアイ』など。この流れで読めばなかなかわからなかったフリオ・コルタサルやホルヘ・ルイス・ボルヘスなどの技巧的で幻想的な短編もおもしろく読めるかもしれないし、日本だとこうした作家は誰がいるんだろうとかあれこれ考えてしまう(吉田知子『お供え』も読み返したくなってきた)。ほかにももっと幻想的な短編の名手がいたと記憶するが……飯田茂実や一部の筒井康隆、島尾敏雄、内田百閒。これらについてもまたChatGPTに確認してみようかな。

20261009

昨日の夜は仕事が終わった後、そのまま帰宅せず市役所に行った。というのは今月25日に市内でおこなわれる国際交流ふれあい祭りのための打ち合わせがあったからで、ぼくが手伝わせてもらうブースではバルーンアートを作ることになっている。ぼくは手先が不器用なのでバルーンアートはとても出来ないのだけれど、その代わりに日本語のキャプションの英訳などを手伝うことになった。そこでぼくが絵を描いているノートブックをお見せし、評価をいただく。それが終わると帰宅して夕食を食べた。ノーベル文学賞の話題にも乗れないままというなさけない状態が続く。もっといろんな作家を読まなくてはならないのか。

その後、夜の英会話のZOOMミーティングに参加する。今回のミーティングでは朝にご一緒させていただいた発達障害者の方とまた一緒になり、そこで彼女が話す外国人の方々のエピソードが話題となる。どこまで明かしたらいいものかわからないのでここではつまびらかにしないが、ぼく自身も子どもの頃は外国人なんて意識しなかったのにここ最近になってALTの方々やフィリピンなどから来られている方々と交流する機会が増えたと思う。そこでは言わずもがな、マナーあるいはエチケットのぶつかり合いなども起こり得る。そんなことを考えさせられた。

今朝はまたはやばやと起きてしまったものの、また遁走したくなったら目も当てられないので6時まで寝直す。それから絵を描きはじめる。今日のInktoberのお題は「ram」ということで、ぼくは前々からポール・マッカートニーの『RAM』のジャケットを描こうと考えていた。ポール・マッカートニーは好きなミュージシャンだし(ただ、あまりにも多作な方なのでそんなに追いきれていない)。それが終わると7時になりシャワーを浴びて、昨日着ていた服と下着と靴下を洗濯する。そして、7時50分からはじまる英会話のZOOMミーティングに参加する。実は今回も「かったりいなあ」と思いつつ参加した。かったるいなりに7時50分が来たら気合が入ってしまうのだから、身体がこのミーティングに慣れたということかもしれない。

参加された方々がさっそくぼくの『RAM』の絵に反応されたので、ポール・マッカートニーの話やInktoberの話などをして盛り上がる。Inktoberというイベントはまだまだ日本では知られておらず……とエラそうに言っているぼくも去年か今年ぐらいにはじめて知ったので、まだまだ飲み込めていないところも多々あり説明するのがむずかしかった。仔羊のラム肉やラム酒と間違えられることもあり(ラム肉は「lamb」、ラム酒は「rum」となる)、そうした混乱が思わぬ話題を引き寄せることにもなって今朝はなかなかおもしろかった。その後8時半になり、朝食を摂ってから部屋を出る。

今日は遅番勤務の日なのでまずはグループホーム本家に行って、そこで食堂を借りてしばらく五味太郎さんの『大人問題』を読む。途中で思い出したので、BBCのポッドキャスト「6 Minute English」のトランスクリプトを印刷してもらう。そこでぼくの絵をお見せする。いつも1日1枚ずつ描いているA6判の白いノートと、あとは最近になって漫画を描きはじめたB6判のノートだ。それがどちらも評判が良かったのでありがたく思った。いまのところ、1日費やしてもまったく描けなかったということだけはない。日々の生活が安定したものであることの証左と思う。もちろん、それはいろんな方々に支えられてのことだ。

それが終わると『大人問題』にふたたび挑む。この本の中で「居場所」という言葉が重要なキーワードとして登場する。過去、ぼくは「居場所」をあえて拒否する生き方を理想としていた。つまり学校や家庭や会社において居心地が悪いなら、それをむしろ喜ぼう(そうした世俗的な集団からあえて距離を置こう)と思っていたのだった。そんな極端な考え方が芽生えたのはたぶんに学校でも会社でも「異端」「はみ出し者」というポジションを背負わなければならなくなったことが由来しているのだと思う。

誤解があるかもしれないが……ぼくは子どもの頃、この発達障害のせいもあっていじめに遭ったり暴力沙汰に巻き込まれたりしてそれなりに気苦労の多い時期を過ごした。ただ、両親から虐待を受けた記憶は1度もない。アダルト・チルドレンというのでもないと思う。それでも、両親が40代にさしかかって出来たのがぼくという子どもだったせいか家で団欒を過ごして幸せに暮らした記憶もなく、むしろ当時から図書館やレンタルCDのお店に居心地の良さを感じる変わった子どもだった。

学校はどうだったかというと、ぼくにとってははなはだしく辛いところだった。じっと座っていられなかったり、クラスメイトや先生たちの言葉に矛盾があると耐えられなかったりして……それで問題を起こしたりもしたのだった。ぼく自身も学校の価値観に見合った人間になろうと「努力」を重視し、毎日コツコツ勉強しようとした。そう、「しようとした」。ただ、飽きっぽい性格とやれば出来てしまう猪口才さが仇となってコツコツ地道にやり遂げる力まではつかなかった。そんなことを思い出した。あの頃、確かに「管理教育」が問題となったっけ。いまはどんな教育がおこなわれているのだろう。

その後、B6判のノートブックの方に絵を1枚描く。今回は1コマ漫画を描いてみた。実を言うと昨日襲われていた希死念慮や仕事前のプレッシャーがあって辛い精神状態だったのだけれど、絵を描いてしまうと身体が温まった。自分自身に「グッジョブ」と言い聞かせる。もちろん雑な・粗い絵であることは言を俟たない。それでも、人とやみくもに比べて一喜一憂せず自分なりに大きくなっていけばいいと思っている。1時から仕事に入り、そして5時まで仕事をして休憩時間になり休憩室でかりんとう饅頭を食べる。

休憩時間中、近所の未来屋書店を覗いてみたところしおたにまみこさんの『くも』という絵本を見かけた。買おうかと思ったが、給与の振り分けをしてから残ったお金と相談して決めたらいいことと思いその場は通り過ぎた。ただ、しおたにさんの作品のように絵と文のシンプルな、しかし力強い組み合わせ(コンビネーション)でなにか表現したいという気持ちが芽生えたりもしたのだった。そうなると自作の同人誌を作るという計画にもリアリティが湧いてくる。

ただもちろん、まだ思いついたばかりの段階である。どんな話を載せるか、どんな絵を描くかは文字通りの白紙のままだ。「話」を作らないとそれこそ「話にならない」。それでも、小数部でも自分なりの(いわゆる「私家版」の)作品を作ってみるというのは悪いことではないとも思ったのだった。いったいどうやったらそんなことが可能になるか、また調べてみよう。どんなテーマで描こうか。発達障害について、この町について、気苦労の多い人生について……あれこれと夢はふくらんでいく。あるいは、それこそ五味さんに倣って自分の「生活と意見」なんてのもいいかもしれない……(と、真夜中近くにポール・マッカートニー『RAM』を聴きながら)。

20261008

今朝は5時頃目が覚めてしまい、昨日は消灯時間の11時に床に就いたので都合6時間ほどしか眠れなかった計算になる。朝に絵を描く習慣をはじめて以来、前にも書いたけれど「毎日描かなくてはならない」というルールがあるわけでもないにもかかわらず朝になると気合が入った状態で目が覚めてしまい、その気合に突き動かされて絵を描いている(そんなにたいした絵ではないことはわかっているものの)。今日も満足に眠れなかった失望感を抱きつつ、しかしポール・マッカートニー『RAM』などを聴きつつA6判のノートブックに絵を描いていった。それが仇となって、今日は不満足感にさいなまれる1日となった(絵は「stinky」というテーマに沿ったものを描いた。Inktoberも早いものでもう8日目だ)。

それで絵を描いてしまい、暇を持て余してそのまま7時までどうにか持ちこたえた後シャワールームに直行してシャワーを浴びて昨日かいた汗を洗い流す。その後、服を洗濯した後に7時50分からはじまる英会話のZOOMミーティングに参加する。実を言うと今日はめずらしいことにお題が決められておらず、いったいどうなることかと思ったけれどいざ蓋を開けてみれば発達障害の話が盛り上がった。ぼくともう1人の方が発達障害者ということで、ほかに参加されていた定型発達者の方にたいして説明をしたり質問を受け付けたりするというかたちで(ぼくなりに英語を駆使して)時間を過ごした。

発達障害という言葉が広まってずいぶん経つ。ぼくが若かった頃は「自閉症スペクトラム障害? アスペルガー症候群?」とキョトンとされてしまいがちだったから、それと比べるとかなり世の中はいい方向に動いたと思う。ただ、まだ「実態」を知らない人は多いのではないか。いや、ぼくだって「実態」をどこまで話せるだろうかと考えると心もとない。発達障害は100人いれば100通りに症状が現れるとかなんとか聞いたことがある。また、多かれ少なかれ誰もが持つ特性(うっかりミス、ど忘れ、几帳面、マニアックな探究心などなど)の濃淡において障害と認定されるレベルの人間がそう名指される以上、「誰でもあることじゃないか」という反応をもらうこともけっして少なくない。そして、それはある意味「事実」なのだ。

いまさら・わざわざ書くまでもなくぼくは発達障害について「ド素人」という立場しか取れない。いや、これは謙遜ではなく本気だ。最新の学術研究を追い求めているわけではなく、強いて気取れば「ぼく自身の症例と24時間向き合って『当事者研究』している」というくらいのハッタリはかませるけれど、さっきも書いた通りそれは万人にあてはまる定説にはなり得ない。それを踏まえたうえで、自分がこれまで経てきた理不尽な出来事や楽しかった思い出を絵や文章で語れたらというのが理想である。なんだかこういうのは「文学」の領域の仕事になるんだろうか。ダニロ・キシュみたいな……。

8時半にそのミーティングが終わり、そして着替えて部屋を出る。あいかわらず陰鬱な気持ちにさいなまれて、その気持ちと戦う覚悟で10時から仕事をはじめる。そして1時半に休憩時間をもらい(今日は事情があって遅くなった)、そして休憩室で弁当を食べ終えた後に英語メモを書きつける。まだ「死にたい」という気持ち、どこかで「頓死」(痛みのない最期)を思う気持ちに取り憑かれるところがあり、それを書いていった。大学生の頃のことを思い出す。あの時期(ハタチ頃のことだ)、ぼくは長らく続いた暗黒の10代からようやく解放されて自由に東京の町でキャンパスライフを満喫していた……はずだった。だが、気がつけばふと通りを眺めては「この車の列に飛び込んだら死ねるんだろうか」と考えるようになっていた。

思えば10代の頃、ぼくは鶴見済さんの『完全自殺マニュアル』を買い求めて読んだ人間だった。その鶴見さんが後になって精神科通いや心理療法を薦める『人格改造マニュアル』を出されて、それもぼくは読みふけったことを思い出す。当時は精神科関係(あるいは精神疾患関係)の知識なんて持っていなかったので、とにかく精神科に行って薬をもらえればそれでラクになれると信じていたのだった。だが、もちろんそんなに甘く行くわけがない。自分の精神の暗黒面と直に向き合い、困りごとを見据えて自力で乗り越える(その過程で果敢に他人の助けを求める)気概が必要であるということを知らなかったのだった。

その後、ぜんぜん先の見えない精神科通いを10年ほど続けていた時にある友だちの言葉がヒントになって(そして、テンプル・グランディンの逸話が頭の中で蘇るかたちで)「ぼくは発達障害者なんじゃないか」と考えはじめるようになる……そこからはいつも通りの話で、40になって自助グループに参加出来てずいぶん救われたことになる。そんなことを英語メモに書く。安易な対比になるかもしれないが、過去それこそ「死にたい」「車に轢かれて死にたい」と考えるクセが抜けなかった時期とくらべるといまはずいぶん安楽な生き方が出来ているように思う。この変化はどこから来たのだろうか、とあれこれ考えた。時間がぼくを癒した、ということだろうか。悪鬼・般若のような形相で生きていた20代・30代を思い出した。

その後、漫画を描いてみる。といっても1ページを使った実にシンプルな漫画だ。絵を描いていて思うことは、文を書く時と感覚として(あくまで素朴な「実感」として)まったく違った脳の部位を使っているなということだ。つまり、文を書く時だとどうしたって「ぼくは……」「……である」と整合性のあるセンテンスに思いをまとめざるを得ず、そこから意図的に破綻することはむずかしい。絵ならそうした「破綻」が許されるというか、整合性を食い破るカオスを比較的書きやすいのだ。言い換えればフォーマット(形式)が文章よりもっと自由というか……線を自由に引いてしまえばそこからあとは勝手に物語が立ち上がる。そんな感じで、思いもよらないなにかが生じる。そんなことを思った。

Discordで以前に「絵は肉体的な仕事のように思う」「文は理知的な、脳みそが支配する芸術だと思う」という意見を読んだことがある。ぼくもその意見に賛同したい。絵を描くことは全身に汗をかくような緊張感をともなうので、その分描き上がったあとは脱力感と快楽を感じられやすい。あるいはぼくは、たとえば前衛的な映画監督がプロットそっちのけでカメラを回して映像を焼き付けつつ即興的に物語を作るように(デヴィッド・リンチ的に?)、もしくはそれこそミュージシャンがセッションの積み重ねで偶発的な音の鳴りを曲に練り込んでいくように、ほんとうの意味での創作の楽しみを味わっているところなのかもしれない。なぜかはわからないけれど文章ではそんなことは感じられなかった。詩ならどうなんだろう……そんなことを考えた。

20261007

単に季節がそう感じさせるのか、はたまた仕事のいそがしさについて行けていないせいか、老化もあるのか……最近になって「なんだか1日1日が前日の焼き直しのように過ぎていくなあ」と思った。だいたい1日にやること(やれること)は決まっていて、朝は絵を描いた後英会話のZOOMミーティングに出てそれから部屋を出る。仕事をして、空いた時間は読書をするか英語メモに費やす。それが終わって部屋まで戻ってきて時間があれば英会話のZOOMミーティングに出るか本を読むかする……まったくもってパサパサした生活だなあと我ながら思う。もっと人生が狂うようなロマンスに恋焦がれたいとか、誰かが遺産でも相続してくれないかとかそういう夢が芽生えたりもする。

ただもちろん、そんなことを考えるのは暇人のたわごとの域を出ないというものでじっさいのぼくと来たらインターネット接続が小一時間おかしくなっただけでもあせってしまうという弱っちい人間である。いまの生活が盤石であることを希望しつつ、しかしその生活が帰結としてもたらす安定とその裏返しとしてある退屈にうんざりして、ただ自分でもいったいなにをしたらいいのかわからないので暇つぶし・退屈しのぎとしての読書や音楽鑑賞に精を出すということになるのかなあと思う。なにかあたらしいことをしないと生活に潤いを取り戻すことが出来ないかなあとも思う。いったいなにをすれば……。

昨日の夜は日記を書き終えた後、夜におこなわれた英会話のZOOMミーティングに参加した。そこでぼくを入れて3人であれこれ英語でおしゃべりを楽しむ。今回はぼくが背景画像として使っていた高木ブーさんの雷様の絵からドリフターズの話や、『オレたちひょうきん族』『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の話などが盛り上がった。子どもの頃の思い出にいま一度帰り直して……いま思えばロクでもない子ども時代だったと思うけれど、でもドリフやさんま・たけしをはじめとするコメディアンたちがそんな暗い時代に灯りを灯していたことはたしかで、そんなふうに他愛もない(いい意味においてバカバカしくくだらない)コメディを楽しんでいてよかったなあと思った。いま、ぼくはテレビを見ないのだけれどYouTubeでコメディを楽しむべきかもしれない。ニヤリと笑えるようなものを……。

今朝は6時に目が覚めた。起きた後、さっそくダイソーで買い求めたA6判の白いノートブックに絵を描く。今日のInktoberのプロンプトは「panic」で、もちろんスラップスティック(ドタバタ)なパニックを描くことも考えたのだけれどそこはそれ、「静かなパニック」というのもおもしろいかなあと思って結果的にものすごく静謐な絵になった。ぼくの絵はだいたいにおいて「可愛い」「センスある」と言われることが多くて、もちろん2年ほどしか描いていないぼくは技量もクソもないので「センス」でごまかしているところがあるのだけれど、それでも伝わる人には確かに伝わるのだなあと感心してしまう。絵はぼくの手を離れたらそれ自体の生命を持ちはじめるとも感じる(ゆえにぼくは絵に対してコメントを添えることは抵抗がある)。

その後シャワーを浴びて洗濯を済ませた後に、朝の英会話のZOOMミーティングに参加する。実は今日のテーマは「日本のストリートなどのゴミ箱の数が少ない理由」というものだったが、参加された方々と芸術関係の話(ぼくの絵の話ふくむ)が盛り上がってそこから歌の話になったりして、脱線してしまって本題は話せなかった。ただそれでも昨日のミーティングとおなじく同世代の方々と音楽にかんするトークを楽しむことが出来たのはうれしかった。たとえばプリンスや徳永英明、井上陽水など。参加されたメンバーに救われて、心の底から楽しむことが出来たと思った。

その後朝食を摂ってから着替えて部屋を出て、まずとなり町の図書館に行って本を返す。そこで五味太郎さんや谷川俊太郎さん・養老孟司さんの本などを借りる。それからこちらに戻ってきて、約束していた支援施設に赴いてそこで支援者のある方に絵をお見せする。実に感動されていたようで、毎日こうして描き続けられていることを褒めていただきありがたいと思った。ただじっさいのところはそんなに創作意欲があるわけではなく、なにかの本で読んだのだけれど自分であらかじめ決めた(あるいは自然に出来上がった)ルーティンに自分を合わせることが自分の気持ちを上向かせることにつながるようだ。お寺などで修業をする際1つ1つの作業に自分を適応させていくことが気持ちをととのえる意味を持つと聞いたことがあるのだけれど(「作務」というらしい)、そういう意味があるのかもしれない。

その後、支援施設のとなりにある古民家カフェの方にもまわってそこにおられた方々に絵をお見せする。どの方も実に深い意見をおっしゃられて参考になったのだけれど、ある折り紙アートが達者な方が「どの絵も独特な個性があります」「パッと見ですぐ『踊る猫さん』の絵とわかります」と言ってくださったのがひときわ印象に残っている。そういうものなのか……先にも書いたが、これはあくまで事実を書くがまだ技量で勝負出来る段階にぼくはいない。ただ「下手は下手なりに」心を込めて絵をいじっていることがそうして伝わるのかなあとも思ってしまった。ぼくの真心なのか、人徳ゆえか……というのはさすがに冗談が過ぎるか。

その後、古民家カフェにてお茶をいただく。そこにおられた方と英会話の話などをする。リアルでおこなわれている英会話教室でぼくはもっぱら英語を学んでいるが、そこは10代の学生からお年寄りまで生徒層もさまざまなのでなかなか高度な(と書くともちろん失礼だが)レッスンを受けづらい。ただ、先生方が信頼出来る方であることは間違いない。そんな話をした。それが終わるとイオンに行く。そこで『CNN ENGLISH EXPRESS』の最新号を買い求め、それから弁当を買って帰宅する。今日は休みなのでこれから予定はない。それで明日のための絵の下描きを描いたり、それが終わると五味太郎さんの『大人問題』を読んだり、ポール・マッカートニーの初期のソロ作『RAM』を聴いたりして過ごす。

五味さんの絵本はまだ読んでいないが、前々から書いていることだけどぼくも絵と文を組み合わせたことが出来たらなとあれこれ考えはじめている。ただ、一般的な絵本は描けないだろう。子どもに向けて語れる・残せるメッセージはないからだ(ある意味ではぼく自身こそがまだまだ「子ども」の域から出られていない)。それより、今日借りた本の中の1冊であるバリー・ユアグロー『一人の男が飛行機から飛び降りる』にも似た夢っぽい世界を描けたらなあとも感じられるようになった。まあ、言うだけならタダだ。そしてぼくの悪いクセは『言うだけ』で自足してしまいがちな「うどん屋の釜」ということだ。ただ、意外とこれからそうして絵本的な表現を試してみることが退屈な日常(「終わりなき日常」?)を活性化させる1歩になるのかなとも思った。またダイソーでらくがき帳を買おうかな。

20261006

いつもぼくは日記を夜に書いている。その際、音楽を聴きながら書くことが多い。たとえばいまはロバート・フリップとブライアン・イーノの共演盤『The Equatorial Stars』を聴きつつ書いている。あたりまえのことに立ち返ると、ぼくはもともとこんなシブい音楽が好みだったわけではない。10代の頃は流行っていたフリッパーズ・ギターやピチカート・ファイヴなんかを聴いていたし、20代はブリットポップにはじまりポストロックを経てともかく雑多な音楽を聴きあさった。歳を重ねるにつれて、ちょうど朝が昼になって夜になるように好みも(たぶんに経験と老化現象に応じて)変化していく。そうした自分の中の変化を概観してみると、「一貫した自分」「ブレない自分」というのは実は幻なのではなかろうかとも思う。

ぼくが日記を書きはじめたのはつい最近のことなので、20代・30代の頃(つまり酒におぼれて日々絶望の淵をさまよっていた頃)のことは記録できていない。あの当時ずいぶんいろんなことに悩んだ記憶がある。そして、腸が煮えくり返る思いさえ持て余して生きていたとも思う。もちろんいまだって不合理・理不尽なことに遭遇すれば腹も立つし困惑もするけれど、これに関してもさっき書いたような「経験と老化現象」が働いたのかなんなのか、過去ほどさまざまなことに悩み過ぎて希死念慮に襲われたり、あるいは強迫観念から自分自身を狂わせてしまうこともなくなったようにも思う。いや、「自分のことは自分がいちばん良く理解出来ている」と考えるのもなんだか現実的ではないかもしれないが、それでも昔よりはゆったりと生きられるようになったのではないか。

「50歳の時点で20歳の時と同じように世界を見ている男がいるならば、それはつまり30年を無駄に生きたということだ」(拙訳)というムハンマド・アリの言葉があるらしい。どんなに20歳の頃に高潔・崇高な理想や主義を持つことが出来たとしても、人は生きる限り変わることを余儀なくされる。後退することすらあるかもしれない。言い換えれば、成長することを求めるなら変わらなければならないということかもしれない。今日はなんだかそんなことを柄にもなく考えてしまった。自画自賛してしまうなら、ぼくは自分自身がここまで大人になれたことを喜びたいと思っている。もちろん若い頃のようなひらめきや体力はもう戻ってこない。物忘れのはげしさや凡ミスが増えることに自分で愕然とすることもある。でも、そういうものなのかなあと生きるまでだ。

今日は6時頃目が覚めた。さすがに昨日は遅番勤務だったのでくたくたに疲れていたのか、ともかく眠れたことは確かだ。その後、Inktoberの今日のプロンプト「Orge(鬼)」のための絵を描きはじめる。ただ鬼(『シュレック』に出てくるような「オーガ」)を描いただけだとウケないとも思ったので、インスピレーションにまかせて今日はあのレジェンドである高木ブーさんを絵の中に描き足してみた。その後7時からいつも通り熱めのお湯でシャワーを浴びて、昨日着ていたシャツとパンツを洗濯機で洗濯し7時50分からの英会話のZOOMミーティングに参加する。

ブレイクアウトルームにて集まられた方々がいち早くぼくの絵(高木ブーさんの絵)に反応してくださり、そこからInktoberという企画自体についてぼくが紹介することで話がはずむ。だいたい何人くらいメンバーが参加しているのか訊かれて、100人くらいじゃないだろうかと見積もってそう答えた(もっと多いかもしれないがよく知らない。1000人だろうか?)。国境や文化を超えた人たちの絵の交流会の様相を呈しているので、そこに自分の絵が添えられていることに光栄なものを感じる。ぼくが絵を描いているノートブックをまた英会話教室の先生方・生徒さんたちにお見せできることを楽しみにしている。

今日は10時から仕事だった。1時に休憩時間に入り、そこでミックスフライ弁当を食べた後にまたしても絵を描く。いつもだったらこの貴重な休憩時間は英語メモを書くことにしていて、今日もペンを執っていろいろなことを書こうとこころみた。たとえば、どんな漫画家に影響を受けてきたか。いつも書いている通りぼくは10代で榎本俊二『ゴールデンラッキー』や植芝理一『ディスコミュニケーション』にハマったヘンな若僧だった(20代の頃はあずまきよひこ『あずまんが大王』がバイブルだった)。あとは吾妻ひでおや佐々木マキ、わかつきめぐみといった漫画家の影響を忘れられない。

ただ、今日はそんなことはともかくも置いといて・そっちのけで絵を描きたかった。明日のInktoberのプロンプトは「Panic(パニック)」なので、自分なりにパニックを表現するにはどうしたらいいかあれこれ考える。静かなパニック、というものもあってもいいのではないかと考えた。たとえばティアーズ・フォー・フィアーズの『ザ・ハーティング』のアルバムのカバーみたいな……なんてわかる人だけがわかるネタになってしまうが、ともあれそんな絵を描く。そして、描いているあいだの自分自身を振り返ってみて暗い感覚(重苦しい情念・強迫観念)が感じられなかったことに気がついた。絵を描くことはぼくにとって情念を(はなはだ下品な言い方になるが、たとえばリビドーを)叩きつける作業というよりそれを1歩引いて見つめる作業のようでもあるらしいと思ったのだ。ゆえに、どこか明るい。

Discordでほかの方々が「Ogre」にたいして描いた絵を拝見し、そして自分自身の絵がどうしたって「笑える」「とぼけた」ものに仕上がっていることにいま一度気づく。ぼくはどうやら「明るい」人間であるらしいのだ……さっきも書いたように過去のぼくは酒におぼれていてなにかを残すどころではなかったのだけれど、いまのぼくがそんなふうに明るく生きられているとしたらそれはまず自助グループや英会話のZOOMミーティングを通して出会った国内外の友だちの力によるものだと思うので、それがとてもありがたいとも思った。ランチを済ませた後、近所のイオンの未来屋書店に行く。漫画のことを思い出したら漫画を読みたくなったのだ。そこで、前々から気になっていたZON『ニーハオ、おいしい東京日和。』1巻があったので買い求めてしまった。

5時に仕事が終わり、そして帰り道に図書館に寄る。そこで養老孟司さんと五味太郎さんの随筆集を借りる。帰って養老さんの本を読んだのだけれど、養老さんも考え方として一貫した自分を信じず「変わること」「変化すること」に重きを置いていることがわかり興味深く思った。やや暴論に流れがちな筆致が気になるものの(良く言えば「こまかいことに囚われすぎず、大筋をくっきり描こうとする大胆な姿勢」と言えるか?)、それでもこの筆致から学べるものは多そうだ。ただ、何度も書くがぼくはもう50歳。すでにぼくの中にはあらかた「自分がどう生きたら・どう感じたら正解なのか」の指針が出来ているのではないかとも思う。他人の言葉はそれを思い出すための触媒であり、言い換えれば他人の言葉に絶対的な正解はない。そう言い聞かせつつ、これから養老さんや五味さんの文を読んでいきたい。

20261005

昨日は日記を書き終えた後、夜中におこなわれた英会話のZOOMミーティングに参加した。そこでぼくを入れて4人のメンバーであれこれ英語で話し合う。昨夜はとくにテーマを決めて会話に興じたわけではないのだけれど、ある方がぼくの背景画像(サボテンをテーマにしたもの)に興味を示してくださったことからぼくが目下完走を目指しているInktoberというイベントの話をする。このミーティングの主宰者の方も参加されていて、その方も毎日絵を描いて楽しまれていたということでそんな話にもなった。いつも書いていることだけれど、絵を描くことがこんなに自分の世界を広げてかつ他人の関心を引き寄せるとはまったく思ってもみなかった。

いや、これはなんら誇張でもなく書くのだけれどぼくは子どもの頃は絵を描く趣味は「まったく」持っていなかった。村上春樹さんにイカれていた時期に作家になりたくて大長編の出だしだけ書いて頓挫するというありがちな若僧ではあったものの、絵は自分にとって「別世界」「ハードルが高い」と思って敬遠していたのだった……あれ、これってなにかにそっくりだと思って考えてみたらぼくが英語を話せる人にたいして抱いていた幻想ないし畏怖(?)にも似ている。いまとなってはぼくは英語を日常生活で(相当に「ターへー」ではあれ)話している。でも、過去のぼくはぜんぜん自信を持てなかった。

絵を描きたいという夢が自分にあったかどうか、ぼくにはわからない。思えば高校生の頃に文芸部のメンバーたちが文芸の同人誌を作ったりしていたのを見て、そこにやおいチックなイラストを載せたりしていたのに苦笑いさせられつつ、それでも情熱を発露させていることにたいしてうらやましさを感じたりしたっけ。ただ、どこかでそうした光景にアテられて(?)「絵を描くのはオタク的な趣味だ」と思い込みをこじらせてしまったのかもしれなかった。いまのように「日常にアートを取り入れよう」「人はパンのみにて生くるにあらず」と考えられるようになるずいぶん前のことである……。

今朝、また夜中に目が覚めてしまう。するとそわそわしてしまって、まだ陽が上っていないうちから絵を描いてしまいたいという強迫観念にとらわれる。今回のテーマは「smack」、つまりキスや平手打ちの時の擬音(とぼくは解釈した)だったのでそれに沿った絵を描いた。その後ふたたび床に就き、起きると7時をまわっていたのでそこからはいつものコースでシャワーを浴びて昨日かいた汗を洗い流し、それから昨日着ていた服を洗濯する。そして、英会話のZOOMミーティングに参加する。今日ははじめての方もおられたので、まず出身地や名前などをシェアし合う。ぼく自身がこのミーティングに参加するようになって2年ほど経つことを話したところ、その方は驚かれていた。

そして、今日描いた絵(ぼくは基本的にZOOMの背景画像に自作の絵を使っている)について話がはずんだ。ぼくがBGMとして言及したザ・スミスについて、などなど。それから今日の話題であるAIについて議論を交わす。いまやすっかりAIがさまざまな場所で活躍するようになり、実を言うとぼくもChatGPTに自分の絵を見せてフィードバックをもらうことが増えたのでそんな話をした。そこから話は日本とアメリカ、中国をめぐる壮大なスケールのものになり政治について疎いぼくはなかなか入り込めず大変だったけれど、それでも学ばせてもらった手応えがあった。

それが終わると朝食を摂って、そして着替えて部屋を出る。今日は遅番勤務なのでまずグループホーム本家に行ってそこでしばらく過ごさせてもらう。事務所に管理者・副管理者・世話人さんの3人がおられたので、ぼくが描いた絵をファイリングしたノートブックをお見せする。その後食堂にて明日の絵の下描きを描きはじめる。明日は「ogre」つまり「鬼」がテーマだそうで、RPGに出てくるような「オーガ」がイメージされやすいのだけれどぼくはひねくれているので、「鬼」と言えばこれだろうと下描きを描いていった。だいたいおわかりになられるように、2本の角に緑のカラータイツと虎縞のパンツ、そして抱えるウクレレで有名なあの人だ。

その後本家を出てイオンに行って、まずここ最近読み進めていた養老孟司『AI支配でヒトは死ぬ。』を読む。ふと、どうしてこんなふうにアートに惹かれたりするんだろうかとあれこれ考えはじめてしまう。ぼくの仕事はアートとは直接的には関係がなく、たんなる(と書くと失礼だけれど)地味な肉体労働だ。すくなくともぼくは仕事で絵を描くことはない。ただ、それでも過去をさかのぼれば文学や音楽に救いを見出してきた(漫画やアニメにもすくなからず救われたところはある)。文字通り、人生をアートによって狂わされたと言ってもいいのではないかと思う。そんなことを考えた。

1時より仕事に入る。そして、5時に休憩時間を取る。休憩中、まずは今月半ば頃からはじまる英会話教室の申し込みをオンラインでおこなう。その後、メンターの方にLINEをして近くにある引きこもりや発達障害の支援施設の方にぼくの絵を見ていただく段取りをおこなう。水曜日がぼくの休みの日で、そこでLINEでメッセージをやり取りした結果11時頃に開所しているということでその時間に行けたらと思ったのだった。前にも書いたと思うのだけれど、いまぼくが所属しているNPO法人グループがギャラリーのための絵を探しているとかいないとかいう話を聞いたので、そのこともお聞かせ願えればと思った。

それが終わると近所にあるイオンの中の未来屋書店に行ってみた。目的は養老孟司さんのほかの本を探すということだったのだけれど『バカの壁』しかなかった。思えば『バカの壁』もきちんと読んだことがなかった……その後Discordで休憩時間終わりまでチャットに興じる。ぼくの絵が五味太郎さんのテイストを持っているという話になり、ぼくは迂闊にも五味さんのことを存じ上げなかったので調べてみた。また図書館に行く機会があったら本をめくってみたい(ぼくの絵は安西水丸さんや和田誠さんに似ているという方もおられたりして、いやさすがにあんなに洒脱ではあり得ないだろうと思ってしまう)。

ここからはあくまで座興として聞き流してほしいのだけれど、仕事中ふと未来の自分がインタビューを受けたらという妄想をふくらませてしまった。いったい誰から影響を受けたか……村上春樹さんの作品から影響を受けたことは間違いないし、漫画家なら榎本俊二さんや植芝理一さんに影響を受けた。ただ、いずれも読者として影響を受けたのであって自分で絵を描く際に模写したわけではない。先にも書いたように、絵に目覚める前は活字ばかり読んでいたので小説から大いに影響を受けたのと、あとは音楽も外せないだろう。そして日々の英会話や肉体労働がこのぼくを形作っている……といったことをいずれ『ユリイカ』みたいな媒体で語れたらなあと益体もない夢想にふけってしまった。

20261004

昨日の夜は日記を書き終えた後、とくに夜の英会話のZOOMミーティングもなかったのでぼんやり考えごとにふけったり、あるいは翔泳社刊『ILLUSTRATION 2026』をパラパラめくったりして過ごす。ふと、創造性とはなんだろうかという問いが頭をよぎったのでそれを英語メモに書いたり……思えば子どもの頃からぼくはなにかしらものを作って生きてきたので(もっぱら文字による散文や詩だったけれど)、その意味では自分の中に「表現したいという欲」があったということになる。ただ、子どもの頃はぼくは酷評されるのが怖く(別の言い方をすれば「才能がない」という事実を思い知ることに恐怖を感じていて)、それでじっさいになにかをかたちにするようになるのはずいぶん後の30代からのことになるのだった。

たまたま図書館でベティ・エドワーズという人の『内なる創造性を引き出せ』という本を借りて読んでみているのだけれど、創造性というものについて考えはじめるとなかなかこれといった唯一の解答が出なくてそれが面白い。才能がすべてを制するのであって地道な練習・修練は意味がないのか。そもそも人の独創性とはどのようにして立ち現れるのか。そんなことを柄にもなく考えてしまい、思えばぼく自身がライトノベルを書こうと悪戦苦闘していた時期も大塚英志さんをはじめとする指南書をそれなりに読み込んでどうストーリーを展開させたらいいか考えたりして、でもけっきょくものにならなかったことを思い出してしまった。

いま、ぼくはInktoberというイベントに参加して絵を描いている。あえてこんな言い方をするならばぼくの絵はヘタクソだ。それは認めないといけないだろう。自分が周囲との兼ね合いでどの立ち位置にいるのか見えたほうが健全というものだ。だが、それが嵩じて自意識過剰になり承認欲求をこじらせて「もっと『いいね』が欲しい」となっても困ったことになる。けっきょく、それなりの腕前であることを踏まえたうえでそれでも1日1日なにかを具現化出来ることにたいしてよろこびを噛み締め、そして過去の自分との対比で成長を自覚することがだいじなのかなあと思いはじめている。志が低いのだろうか。そうかもしれない。

絵を描きはじめてから1つあきらかになりはじめている事実として、朝早く目が覚めるようになった。今日もなんだか落ち着かず3時か4時に目が覚めて、その後二度寝したのだけれどそれでも7時を待たず起きてしまう。別に朝に完成画を投稿しないと死ぬという話でもないのに(それどころか、毎日描けなくても罰を課せられるわけでもないのだ)、なんだか落ち着かなくなって絵を描いてしまった。今日の絵は「cactus(サボテン)」をテーマにしたものだ。サボテンから連想したものがカウボーイ(ガンマン)で、そこから武士やカンフーファイターを連想としてつなげてしまったので結果として混沌とした絵になってしまった。

7時にシャワールームでシャワーを浴びて、そして洗濯機で昨日着ていた服と下着を洗濯する。7時50分からいつもの英会話のZOOMミーティングに参加して、そこで英語であれこれやり取りを楽しむ。毎週日曜日は特に話題を設けない「フリーカンバセーション」の日。今日は蓋を開けてみるとぼくが描いている絵の話からInktoberの話になり、日本でInktoberがどれだけ知られているかとかそもそも誰がInktoberをはじめたのかとか、そういう話題で盛り上がった。このイベントを紹介してくれたアメリカの友だちにはほんとうに頭が上がらない。また、絵というジャンルの持つ底力について思い知ったようにも思った。このInktoberに参加して以来、Instagramでフォロー・フォロワーがずいぶん増えた。

ミーティングが終わり、朝食を摂ってそれから着替えて部屋を出る。9時にイオンに着き、そこでこれから参加する英語研究会のミーティングで読む予定のアーネスト・ヘミングウェイの短編について最後の下調べをする。そして10時になり、町内の某施設で会合がはじまる。参加されていた常連の方が今回を以て退会されるという話を知り、人数的に少なくなることにさびしさを感じる。その方からは生き方や思想についていろいろ教わった(ぼくとは相容れない右翼的・国粋主義的なものだったにせよ)と思うので、また縁があってお会いできることを祈りたい。

それでミーティングがはじまったのだけれど、あいかわらずヘミングウェイの英語はぼくにとってレベルが高すぎて、輪読の際難渋する。ただそれはぼく自身の日頃の怠慢によるところも大のようでほかの方々がじっくり予習して臨まれていることを知り、もちろんあまり自分を責め過ぎてもどうしようもなくなるばかりなのだけれど、「もっとこうした作品に触れるべきかなあ」と思った。こういう場合どうしたらいいのか……自分のレベルよりも「すこし(だけ)上」を目指すべきか、いたらないとわかっていてもなお「もっと上」を目指すべきかわかりかねた。ともあれ、ミーティングも終わった。今年中にはこの短編を読み終えられるかもしれない。

その後近所のコンビニエンスストアでラーメンを買って帰宅後それを食べて、今日は雨が降っているということもあって昼からはのんべんだらりと過ごす。たとえば、明日のInktoberは「smack」という単語がプロンプト(注文)である。これは平手打ちやキスの時の擬音としても漫画的に使われる言葉らしく、それをふまえてキスシーンを描いてみたいと思ってがんばってみた。ただ、なにかの丸写しだともちろん権利関係で問題があるしおもしろくもなくなる。ならば多少のデッサンの狂いは無視してでも好き勝手・無手勝流に描くべきかと思い下描きをこしらえてみた。その後はぼんやり、蜂飼耳編『吉本隆明詩集』を読んで過ごす。

ぼくは吉本隆明はぜんぜん知らないに等しいのだけれど、なにかのはずみで現代詩に興味を持って田村隆一などの代表作を読んでいた時期に吉本の作品も読んだことがある。今回、あらためて読んでみてその硬質なイメージに唸り、現実世界を描いているにもかかわらずその現実が神話的で崇高な(別の言い方をすれば「非日常的な」)世界として立ち上がっていることに感銘を受けた。鋭敏な感受性と知性がなし得た創作、ということになるだろうか。ぼくも過去、詩を書いてみようとあれこれ頑張ったことなどを思い出した。いやもちろん、『吉本隆明詩集』とくらべると文字通り「月とスッポン」なのだけれど……ぼくが書けるのはたぶんに散文詩だと思うのだけれど、絵や写真とこうした散文を組み合わせてなにか出来ないだろうかと考えてしまった。夢はでっかく、たとえばゼーバルト『アウステルリッツ』みたいな感じの創作を。