この日記にタイトルをつける際、いいタイトルはないものかとあれこれ思案したあげくぼくの好きな小説の1つである阿部昭の『単純な生活』にあやかってそのまま「単純な生活」と付けた。ぼくの生活は「単純な生活」な言葉がそのままふさわしい、実に単調きわまりない暮らしぶりだ。今日も朝7時頃に起きてそのままシャワーを浴びて洗濯機を回し、7時50分からの英会話のZOOMミーティングに参加する。今日の話題は人間を丸洗いする機械についてだった。いまいち内容がわからないままだったのだけど、福祉関係の機械なのだろうかと思いつつZOOMを立ち上げる。
参加された方の内の1人の方がフィリピン在住で、それでしぜんとフィリピンのことが話題になる。たとえば、昨日の寝しなに(昨日の日記を書いた後)アメリカの友だちとチャットをしていて彼女に「そちらではみんなマスクはしてるの?」という質問を英語で書いたら、「いや、つけてないよ」と答えが返ってきたのでそれが気になってフィリピンの方にも同じ質問をした(ちなみに、その方はもともとは日本人である)。するとフィリピンでもマスクをしている人はそう見かけないとのことだった。ぼくは職場や街角で頻繁にマスクをしている人を見かけるので、おもしろいものだなと(この際、どっちがいいか悪いかは別として)思ってしまった。
今日のZOOMミーティングはそんな感じでフィリピンのお話と、後から参加された方の英語学習にまつわる経験談(高校時代の話など)とぼくのさいきんの活動をシェアしているとけっきょく本題には触れられずに終わってしまった。こうした脱線はせっかくお題を考案してくださる方には申し訳ないと思いつつ、でも興が乗ってしまうとこういうこともあるということで……その後、朝食を摂りその後外の空気を吸うべくイオンに行く。ただ、今日はなんだか落ち着かずいつもの英語のメモを書けないままで終わった。
それでしょうがないので昼にご飯を食べた後なにかやろうとするも、薬による眠気がまだ残っていたこともあってか横になっているとついウトウトしてしまった。気がつくと1時頃になっていたので、午後1時半からある方とお会いする約束があったのでグループホーム本家におもむく。そこで、ほぼ1か月か2か月ぶりにその方とグループホーム管理者・副管理者の方々と4人で、さいきんのぼくの状態について話し合う。金銭管理のことや(厳しい意見ももらった)仕事のミスコミュニケーションのこと、ぼくの英語を活かした活動のことなどが話題となる。
この日記にも書いてきたけれど、今月に入ってぼくはデンマークのカップルと日本人女性が主宰する忘年会に参加したのとあとは近所の高校で行われた台湾と日本の高校生たちの異文化交流のイベントに参加して、そこでほんとうにつたないながら英語であれこれ手伝ったり会話したりすることになった。そんなことを話すと相手の方も聞き入ってくださって、それがありがたかった。こうした機会に触れるたびに、ぼくは多くの人々に助けられているなと感じる。そのこともふくめてありがたい。
そのミーティングが終わった後、英語でメモを書き直すべくイオンに行く(自宅で書いてもいいのだけど、なぜか落ち着かないのだった)。そこでメモを書いた後沢木耕太郎の旅行記『ミッドナイト・エクスプレス』(『深夜特急』の合本版)をすこしずつ読み進める。この『ミッドナイト・エクスプレス』、実は以前に1回通読したことがあったのだがあらためて読み直してもなかなかおもしろい。パット・マルティーノやジョン・スコフィールド、ウェス・モンゴメリーなどのジャズ・ギターの演奏に触れつつ読み進めていく。
沢木耕太郎の作品は、ぼくは高校生か大学生の頃にはじめて触れたのだった。彼のノンフィクションはしかしそんなに読んでおらず、『一瞬の夏』や『テロルの決算』『敗れざる者たち』も恥ずかしながら未読のままだ。ぼくが好きでよく読んできたのは『バーボン・ストリート』や『チェーン・スモーキング』といった軽い中に渋みと重みが宿るエッセイ群で、それで代表作たる『深夜特急』を読むことがだいじと思って読んでみたことがあった。感動を感じたのだけど、同時に「襟を正す」たぐいの作品というか下手をすると1人の人の人生を変えてしまうようなそんな力を持った作品であるとも思い、その後なかなか読み返せずにいた。
今日の再読で、ぼくは沢木耕太郎がインドに入るところまで読み進めた。沢木のこの本では、彼自身が分岐に差し掛かったところでそこから決定的な選択をした、そんな様子が描写されている。沢木が入社した会社を1日で辞めた理由が「その日雨が降っていたから」という逸話は有名かもしれないが、それはこの作品の中でも重要な要素として反芻される。いかにも村上春樹とヤクルト・スワローズの試合の関係のような(つまり、「ヤクルト・スワローズの試合を見たことで小説を書く天啓を得た」という村上春樹のうさんくさい逸話のような)話だが、ではぼくの場合はそんな神話的な啓示に見舞われたことがあっただろうか。柄にもなく考え込んでしまった。あの40歳の日、メンターの方と出会ったことを書きたいと思いつついまだ果たせずにいる。
話題は変わるのだけど、実は来年の1月にまた3分間ほどの英語でのスピーチをすることになった。以前はぼくの夢について話したのだけれど、こんどはいったいなんにするか考えている。それこそ沢木耕太郎や村上春樹について(とりわけ村上春樹については、先日ジャパン・ソサエティー賞を受賞したということでこの機会にあらためてぼくの中で位置づけ直すべく)話せればとも思う。そんなこんなで、年末年始も英語や仕事・その他でそれなりに・そこそこに忙しい日々が続く。
