単純な生活

Life goes on brah!

20251126

思い出せば昨日の夜8時半に英会話教室を終えて、その後グループホームに戻り夕食を済ませてそして横になるとうとうとしてしまい、けっきょく眠ってしまった。夜の2時頃目が覚めてしまい、今日は休日なのだから生活リズムは思いっきり乱れるけれどまあいいかと思って(それが「臨機応変」ということだと自分に言い聞かせて)前にすこし小説家になろうなどで書いた「I Wanna Be Your Dog」の続きを書こうとするも、ぜんぜん言葉が出てこない。いや、出てきてはいるのだけれどそれを言葉にしてしまった時点で自分自身のなにかが劇的に変わってしまい、あとに戻れなくなる予感がする。「君子危うきに近寄らず」とは言うが、書いてはならないことというのがあるのではないかと逡巡してしまった。

それでけっきょくなんにもできなくて、あきらめることにして午前4時か5時頃に飲み忘れていた眠剤と頓服を飲み、ふたたび床に就く。そうすると今度は8時半頃に目が覚めたのでとうぜんのこととして入浴と洗濯、そして英会話のZOOMミーティングはサボってしまう結果となる。それであたふたしていてもしょうがないので「臨機応変」ということで朝食を摂り、その後グループホームの本家に行く。今日は予定していた、グループホーム近くのクリニックでの血液検査があるのだった(いま思えば、朝食を摂ったのはその意味ではまずかったかもしれなかった)。

クリニックの待合で、「I Wanna Be Your Dog」の参考になればと思って津原泰水『ペニス』の続きを読む。そうしていると呼ばれたので採血をしてもらって、その後は今日はとくになにも予定はなかったので図書館に寄りそこでポール・ヴァレリーの文庫本『ドガ ダンス デッサン』を借りる。そして近所のローソンで弁当を買い求め、自室に戻る。もう正午になっていた。けっきょく今朝はこんな感じでリズムを滅茶苦茶にされたまま過ごしてしまった。

その後、すこし昼寝をする。眠剤の効き目が残っていたということだろうか、12kレーベルのアンビエント・ミュージックなんかを聴いたりしつつ眠る。ここさいきんの激務(というと大げさだけど)の疲れもあってなのか、こんなに寝たら夜眠れなくなると知っていながら眠る。その後はさっきも書いたようにとくにやることもなく、それで借りてきた本などを読んでみるも頭に入らない。集中できないのでやけっぱちになって手元にあった本であるインガ・ストルムケ『考える機械たち』を開く。するとこれがおもしろかったので読み進めてしまった。

『考える機械たち』とは、ざっくり言ってしまえばAIテクノロジーの歴史と現在について記された本である。AIというとぼくの場合はすぐにChatGPTや(ぼくはGemini派なのだけれど)あるいは画像や動画を生成するAIが思い浮かぶが、しょせんはそのていどの素人でしかない。でも、この本はきわめて平易で親しみやすい翻訳の文体を用いてこちらにAIのイロハを教えてくれる。まだ集中できていないまま読んだので読み返しが必要だと思うけれど(この本はかくじつに二読三読に耐えられるはずだ)、それでも得るところは大きかった。

ぼくが考えてしまうのは、AIに意志というか自意識というものが芽生える日が来るのかということだ。そこからなんだか安いパニックSF映画みたいな「AIが自我に目覚め人類を制圧する」というドラマまで妄想してしまうのだけど、もちろんそれは陳腐というもので著者はそもそもAIのメカニズムがどういうところにあるか、そのメカニズムを活かしてどのような発展を遂げてきたかをつぶさに記していく。FacebookTwitter(X)といった企業も大々的にAIやビッグデータビジネスに乗り出す時代。そこに至るまでの道筋がクリアに整理される。

AIの発展を薔薇色の未来として称賛する本ではないとぼくは受け取る。だが、もちろん逆に「アンチAI」の視点から人類の可能性を逆張りで単純・粗暴に礼賛することをこころみる本でもない。いいところと悪いところを認めたうえで、AIの可能性(人類とどのように共存していけるか・いけないか)をさぐろうとしているというのが正直なところだろう。それはぼくにも賛同できるスタンスだったので、あらためて読んでよかったと思った。

その後、夜になる。LINEでさいきんのぼく自身のことについてある方にメッセージを送る。「I Wanna Be Your Dog」の続きが書けていないことを詫びる(大げさで不謹慎な表現になるが、ぼくにとってはこれを書くことは作者たる自分自身ですら「おぞましい」「穢らわしい」と感じる要素を見つめ、言語化することである)。その方はぼくを慰めてくださり、理性が働いている証拠なのだから絶望視することはないです、とおっしゃった。それでいいんだろうか……なにごとも「臨機応変」がだいじとは言え、こういう時はどうしたらいいかわかりかねるのもまた事実だ。