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山田宏一『友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』

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実を言うと、私が映画を丹念に観るようになったのは40代に入ってからである。高校生の頃にとあるシネフィルの作家のエッセイに反抗心を抱き、「映画なんてロクでもない」と思い込み当時夢中になっていた音楽を聴き漁ることばかり考えてしまったからだ。もちろん音楽と映画は密接に相互作用を行ってきたジャンルなのでこの鑑賞の仕方は中途半端というものだ。今ならそう反省できるのだが、当時は若かったのでそこまで想像力が働かなかったのだ。そんな自分の青さを恥ずかしく思う。だが、40代になってから観始めたからこそ体得できたこともあるのかなとは思うのだが……。

山田宏一『友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』を初めて読んだのはいつのことだったか。記憶が確かならこの本もきっと金井美恵子が推しているからという理由で読み、ゴダールトリュフォーも理解できなかったから「なんじゃこりゃ」と轟沈してしまったのではないかと思う。その後私なりにゴダールトリュフォーを楽しむことができるようになってから、この本が描こうとしている映画におけるヌーヴェル・ヴァーグにも親しみを感じることができるようになった。だから私は「遅れてきた読者」なのだ。

それにしても、この本で展開される映画監督や批評家たちのスットコドッコイなことと言ったら。ヌーヴェル・ヴァーグというムーブメント/運動を牽引した人々との交遊録をホットに描いたこの本では、まさに映画という魔性のバケモノに虜になってしまった人々が、党派性をむき出しにして人を褒めちぎり時にこき下ろし、そして映画製作に奉仕したかが語られている。山田宏一の筆は晦渋に走らず実に読みやすい。私たちと同じ地平から映画を捉えている、という安定感を感じる。むろん山田宏一がシネフィルであるのに対し私はアマちゃんではあるのだけど。

その意味で、この本は(小西康陽の解説が語るように)クリエイター志望者が読むべき本で(も)ある、と言える。クリエイターを目指す人は、私もそうだがなにかに取り憑かれてしまった人だ。ファナティックな芸術家になること、なにも生み出さない観衆として一生を終えるより駄作であってもなにかを作りたいという熱に浮かされた人。そんな人は、ここで登場するゴダールトリュフォーといった稀代のアンポンタンたちの言動に勇気づけられ、励まされるのではないか。誰もが最初は素人だった。ただ熱意があり、だからこそ開花したという事実を教えてくれる本だ。