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山田宏一『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』

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映画にまだ詳しくなかった頃、シネフィルと呼ばれる人たちが熱心にジャン=リュック・ゴダールという映画監督の話をしていたので私も興味本位で観てみたことがある。結果は、私は爆睡してしまった。スジはなにがなんだかわからないし、映像も言われているほどわかりやすくないし、なにが面白いのかわからなかったのだ。その後狂ったように映画を観て、なんとかゴダールの面白さも自分なりに呑み込めるようになった。ゴダールは、映画の文法を崩すことで面白さを生み出した監督である。従って映画のコード/お約束がわかっていないと、その面白さはわからない。

山田宏一の『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』は、そんな掴みどころがない難解なゴダールを知るにあたって、彼が惚れ込んだアンナ・カリーナという女優から切り口を設定して語った本である。この本を読んでいると微笑ましいのは、山田宏一という批評家もアンナ・カリーナに惚れ込んでいるところが見て取れるからである。ゴダールの天才に惚れ、アンナ・カリーナの魅力にハマった。そんな書き手としてあらかじめ白旗を揚げつつ、魅力に負けつつしかし真っ向勝負で論じている。そこが面白いと思う。いたずらに知性を誇示するシネフィルよりは誠実だ。

それにしても、ここで展開されるゴダールの実に人間臭いこと。アンナ・カリーナへの恋心を歯の浮くような決め台詞で語り、多彩な映画を撮り続けその中でアンナ・カリーナを永遠のものにしようとする。今もなお元気であり続け仕事をし続けているゴダールが、巨匠なんて存在ではなく見栄っ張りでもあり人を煙に巻く名人のようでもある、そんな男であることがわかる。私自身スノッブな人間が好きなので、この本を読んでゴダールスノビズムに惚れ込み、彼の知性に改めて畏敬を感じた。実に食えないおっさんだと思ったのだ。

私は貧乏性なので、なんでも「増補新版」と名付けられヴォリュームが増したものになってしまうとそれだけでチェックしてしまう悪いクセがある。この本も分厚く、その分厚さの中にかつて存在したゴダールの青春期を閉じ込めようとした野心が備わっていると言える。しかし、ゴダールはこの本で固定されたイメージを崩すようにして平然と問題作を撮り続ける。この行儀の悪さ、日本ではそれこそ黒沢清のような映画監督に通じるものがあると思うが、どうか……ということは日本のアンナ・カリーナ前田敦子なのだろうか、と戯言を書いて〆てみる。