単純な生活

Life goes on brah!

20260125

昨日は11時頃床に就き、今朝は6時頃目が覚める。今日は事情があって隣室の友だちがいないので、それで早々に(つまり、7時より早く)シャワーを浴びて洗濯機を回すという段取りをこなす。その後Discordで英語を使ってチャットをしたりあるいはGeminiにここさいきんの日々の行動の結果についてプロンプトを打ち込んでアドバイスをもらうなどして時間を過ごし、7時50分よりいつもの英会話のZOOMミーティングに参加する。今日は日曜日で、毎週日曜日はとくに話題を設けないフリートークの日なので気持ちもいくぶんか楽だった。ブレイクアウトルームにてお会いした方々と、ぼくがZOOMの背景画像に使っているブルース・リーのことや今夜ある方が主宰でおこなうZOOMミーティングにておこなわれる英語での3分間スピーチのことなどをあれこれ話す。

ぼく自身が英語を使っておこなっている活動として、ほかでもない今朝(ミーティングが終わった直後)宍粟市姉妹都市のスクイム市とZOOMをつないでイベントをおこなうという話をする。ほかの方々も村上春樹の小説の読書会やネイティブキャンプでの英語学習を過去におこなったことなど、さまざまな英語学習の話題で盛り上がる。かねてより感じていたこととして総じてここに集う方々の向学心が旺盛であることに驚かされてきたのだけれど、こんかいもこうして「切磋琢磨」できたことをありがたいと思った。1人で英語を学んでいてはなかなかできない「切磋琢磨」の体験あってこそ、ぼくの英語学習の過程は続いているのかなあと思う。

その後、はやばやとミーティングを退席しそして市役所へおもむく。雪がまだ小降りだったのでバイクを飛ばそうとすると滑ってうまくいかない。なんとか歩いて市役所へ行き、そこですでに集まっておられた方々に遅れたことを軽く詫びた後に席に着く。集まっておられた方々は総勢30名ぐらいだっただろうか。この小さな田舎町におけるこうしたイベントとしては上々の盛り上がりではなかったかと思う(それに、なにせ雪の日とぶつかってしまったのだから土壇場でキャンセルせざるをえなかった人たちも少なくなかろう)。プログラムどおりにことが運び、市長のあいさつや国際交流協会の会長のあいさつなどおたがいがメッセージの交換をおこなう。

そして、ぼくたちの出番が来た。宍粟市を紹介するために事前に作っておいたスライドショーに乗せて、練習していたとおりに各自がそれぞれのパートを読み上げていく。写真によっては相手のスクイム市の方々を微笑ませたところもあったようで、それがうれしい。それが終わるとスクイム市から寄贈されていたヨーヨーをぼくたちがやってみたり、お返しに(?)こちらからお送りした日本のお菓子(鶯ボールやキットカットなど)の紹介をしたりと進行していく。それが終わると、姉妹都市の交流の一環で交換留学していた元学生たちがホストファミリーにメッセージを送るというコーナーに至って、その後イベントはなごやかに終わった。帰る時、雪の勢いは増していたのでなんとか徒歩でとぼとぼと帰る(途中のファミリーマートでシュウマイ弁当を買い求め、今日はこれ以上外出はしない腹づもりで過ごすことに決めた)。

12時頃弁当を食べ終えた後、しばし昼寝をする。その後、外に出ないままに岡田光世『ニューヨークが教えてくれた “私だけ” の英語』を読む。まったく予備知識ゼロで読みはじめたのだけど、英語学習のいまだ「途上(オン・ザ・ロード)」にあるぼくに有意義なことを教えてくれる1冊として興味深く読み進める。英語学習がたんなる英語の小手先のテクニックを身につけることのみならず、自分自身の人間性をどう高めていくかということにも話がおよんでいるようで、読む手が止まらない。

さいきんXだったかで知った意見として、その投稿者は日本人だったのだけど「日本人の前では英語を話したくない(値踏みされるから)」というのがあった。なるほど、そうした傾向もあるんだなとぼく個人のことを振り返ってみて、そしてバツの悪い思いをせざるをえなかった。というのは、過去のぼくこそがまさに「値踏み」して他人の英語を論評する人間だったからである。ろくに自己紹介も英語でできないくせに「あの英語はブロークンだ」「日本人丸出しの英語だ」と言いつのっていたことを思い出せる。逆に言えば(?)そうした非現実的な厳しさを自分自身にも向けて、「こんな英語は恥ずかしい(だからしゃべらないほうが利口だろう)」とも思っていたのではないかと思う。いや、自分はなんだか大谷翔平のプレーに野次を飛ばすイケてない人間のようなヤカラだったのかなあ、と汗顔の至りだ。

そこから鑑みて、ぼくの英語を自己採点すると流暢なんかではありえない。LとRの混同なんてひどいものだし、文法だってときおり平気でまちがえる。話していることだって相手にほんとうに伝わっているかどうかわからない、スパゲッティのようにこんがらがった英語だ。それをどうこれから「”私だけ”の英語」と呼べるチャーミングなものに高めていくか、それをこの本は教えてくれているように思った。とくに、文豪とされる方々(アーネスト・ヘミングウェイレイモンド・カーヴァーなど)の英語がほんとうにシンプルな語彙を基本に成り立った、簡素な中に凄味のあるものであることを解説するエッセイが興味深い。ぼくもこの機会に『老人と海』を読んでみようかと思った。ただ、Amazonで買おうにも高価いのでむずかしい。

その後、雪がようやく止んできたので夕方にバイクを走らせて図書館に行く。そこで何冊か本を借りる。エドワード・サイードイスラム報道』や『サイード自身が語るサイード』(タリク・アリとの共著)など。昨日買い求めてしまった『CNN English Express』も手を付けたいところではあるし、今週木曜日の友だちとのZOOMミーティングでのプレゼンテーションも控えているし、それが終わると英語研究会の集いでこないだ読んだラフカディオ・ハーンの文章の続きを読まなければならないし、なんだかこう見るとまったり脱力して生きているようでけっこういろいろやることに追われているんだから、困っちゃう。