単純な生活

Life goes on brah!

20251113

いつもと同じように朝7時にシャワーを浴び、その後洗濯機をまわして昨日着ていた服を洗う。そして7時50分から英会話のZOOMミーティングに参加する。今日の話題は旅館での有意義な過ごし方についてで、ぼくはふだん旅行をめったにしないためなかなかこの話題に食いついていけず往生する。ほかの方の体験談を興味深く聞かせてもらっていると、そこから修学旅行の話になったのでぼくが中学だったか高校だったかの頃に東京ディズニーランドに行ったことや、そこから原宿に行って当時流行っていたタレントショップに行ったことなどを話す(田代まさしの店でマグカップを買ったりした。そのマグカップをいまでもぼくはだいじに使っている)。そうすると話にはずみがついて、楽しいひと時を過ごすことができた。

このZOOMミーティングは原則として日本人の英語学習者が主なので、したがって相手の発音も日本人特有の響きがある。したがって相対的に聞き取りやすく入っていきやすい。このミーティングに入り始めた当初、ネイティブの流暢な(ペラペラな)英語を期待していたぼくは肩透かしを喰らった気がしたものだ。でも考えてみればネイティブが英語で会話するところにいきなり入り込んで満身創痍(?)になるよりも、こうした集いに参加して徐々に経験値を積んでいくことがさらなる成長を約束するのではないか。すくなくともぼくはここに出入りすることで英語脳を鍛えられていると感じられるし、そんな環境を作ってくださっている方々には感謝の言葉しかない。

その後、10時より仕事に入る。昨日ぼくは20年ほど前の30代の頃のことを書いてしまったが、いま考えてもあの頃はまさにぼくの人生のどん底だったなとつらく感じられる。いまの若い人には信じられないことと思うけれど、ぼくがぼく自身の発達障害について正式にWAIS-IVというテストや面接を受けて診断してもらったのが33歳の時のことだった。女友だちの言葉が原因で当時通っていた姫路のクリニックでそうした診断を受けたのだった(その女友だち曰く「あなたがいままで発達障害を疑ったことがないなら、こんなに発達障害的なことはない」ということだった。バリバリに特性が出ていたらしい)。

発達障害に気づくまでにはずいぶん時間がかかったものの、思えば幼少の砌から自分がおかしな子だということはつねに自覚させられて、世間一般のシビアなものとは遠いもののそれでもいじめめいた目に遭ったりもしたし女の子に嫌われたせいでミソジニー女性嫌悪)や女性恐怖をこじらせて鬱屈した青春時代を過ごしたことを思い出す。そんなつらい10代、いまなら不登校や引きこもりという選択肢を選ぶこともできるのかもしれないが当時は両親が昔気質の人ということもあって許されず、だからもう心を殺して学校で死んだふりをして過ごした記憶しかないのだった。

そんな田舎町特有の閉鎖的な空気が嫌だったことと、当時勃興していた渋谷系の音楽にそそのかされたことや村上春樹ノルウェイの森』を読んで早稲田の学生生活にあこがれたことがあって東京の私大に入ることになったのだけど、そこでやっと狭苦しいじめじめした人間関係から解放されたかと思いきや、それまでコミュニケーション・スキルを磨かなかったことがたたって友だちもできず(なにせ「心を開いて打ち解ける」ということがどういうことかわからなかったのだ)、しだいに鬱にはまり込んで苦労することになる。

そして就活で失敗してこっちに戻ってきて、それからさんざんあって……30代のころはもう「死にたい」「もうじゅうぶんだ」とつぶやくアル中が出来上がっていたのだった。そんな自分に対する自罰的・自虐的な思念に耐えられず、Twitterで管を巻く弱虫に成り果てていたっけ。いや、そんなことをしているヒマがあったら小説の1編でも書くべきだったのだがぜんぜんそんなこともできず、「明日から本気出す」と息巻いて……そしてけっきょくやっていたことと言えば仕事して呑んだくれて酔いつぶれて寝ての繰り返しだった。

そして、職場で大問題を起こして入院することとなる。その内実はくわしく書けないが、当時mixiでつながらせてもらっていた友だちから転職を薦められたりしたもののなかなかうまく行かなかった。なにせ車を運転できないのだからこんな田舎町ではどうしようもない。さっき書いたように両親はニートになることを許してくれなかったので八方塞がりになって愚行に走ってしまったのだった。それで……その愚行の後職場に復帰することはできたものの、ほんとうに仕事や人生においてしあわせを見い出せるようになるまであと数年は待たねばならなかった。40歳の時までだ。その40歳の頃のことはまた別の機会に書くこともあるだろう。よく死ななかったものだ、と思う。

今日は5時まで仕事だった。その後図書館に立ち寄りポストコロニアリズムについての本を借りる。そして自室に戻り、ダニエル・ラノワやライ・クーダーなどを適当にSpotifyで流しつつ前に少しだけ書いた今福龍太の対談集『小さな夜をこえて』を読む。今福や彼に応える西谷修島田雅彦上野俊哉山口昌男といった知識人たちの視野の広さに唸り、彼らの意見にはかならずしも全面的に賛同はしないものの学ばせてもらうところが多かった。アメリカ中心で中央集権的に出来上がる世界の秩序に抵抗して、文化や政治において周縁的な立場から小さな声を上げていくことがだいじ、ということだろうか。今福たちのナショナリズムへの批判的な目線に対してはぼくは「そうは言っても『ホーム(家郷・国家)』はだいじではないか」とつぶやくしかないが、でもそれについてはおいおい考えたい。