跳舞猫日録

Life goes on brah!

2023/03/06 BGM: De La Soul - Stakes Is High

今日は遅番だった。今朝、何を聴こうかと思いU2の『ヨシュア・トゥリー』を選ぶ。そしてふと、U2のキャリアについて考える。彼らは例えばブライアン・イーノと組んだりテクノに接近したりその音楽性を変えてきたが、しかし不思議と「無節操」という印象を感じさせない。彼らの芯にあるものは常に一貫している。それについて考えて、ふと私自身のことについて思いが及んだ。私の人生は「ブレない」「一貫した」ものなのだろうか、と。そう考えてみると心許ない。私はずっと「ブレ」続けて生きてきたように思うからだ。「ブレる」人生、あるいは「スイング」し続ける人生。仕事こそ今の職場で20年間以上続けてこられたが、私生活においてはその過程で作家になろうとあがいたり人格障害について調べたり、はたまた発達障害について悩んだりと紆余曲折を経て生きてきた。ぜんぜんスッキリした道のりを歩んだわけではなく、道草を食いつつ邪道を生きてきたと言える。

しかし、そうした道草を食いながら歩く私自身のスローモーションの人生を私は愛する。確かに成功への道筋を一本上り詰めていくスッキリした人生に憧れるが、そんなふうに人生がうまくいくものではないだろう。ふと、私は私の敬愛する思想家・鶴見俊輔が「揺すぶり読み」という読み方を語っていたのを思い出す。系統立ててある分野の本をストレートに読み進めるのではなく、さまざまな分野に跨って本を読み進めるという一見すると効率の悪い読書の仕方だ。実は私自身もこの「揺すぶり読み」をよく行う。昨日は脳科学の本を読み、今日はそこから派生して哲学書を読むというように。そうしてコスパを考えず関心に導かれるままに読み進めると思わぬ発想の転換というのが行われて、刺激的に物事を考えることができる。とまあ話が脱線してしまったが、私の人生はそうして「揺すぶり」「スイング」の連続だったということが言いたいのだった。「スイングしなけりゃ意味ないね」!?

まだ早すぎるかもしれないが、私は自分の人生を振り返ってみる。そして改めて自分の人生はトラブルの連続だったなと思ってしまう。先にも書いたように、発達障害がわかるまでも大変だったしわかったあとも実に苦難の道を歩んできた。だが、そうして生きてみると(ということはつまり、私なりに歳を取ってみると、ということでもあるけれど)自分の人生はある意味スッキリしてきたなとも思う。過去の自分の人生は実にシッチャカメッチャカというか、ネットで影響力のある人間になろうと話題のラノベを読み漁ったり時事問題に物申してみたりして自分でも自分を見失っていた。今はそうした時事的な事柄/トレンドに何か口を挟みたいとも思わない。私は自分の信じる道を歩き日々読書をして、英語を学び日記を書きそれを英訳する。そうして自分に忠実に生きてみると人生からいらぬ悩み事が消えていき、シンプルに生きられるのを感じる。もう過去の、ネットで喧嘩に巻き込まれてクタクタになってしまった日々には戻りたくない。

シンプルに生きる、ということ。私は浮気性なので新しいもの、珍奇なものに目移りすることがある。私ほど「ブレやすい」人はいないのではないかとも思う。過去を振り返ると聴いてきた音楽もブリットポップからテクノに至り、ポストロックを経て今ではソウル・ミュージックやヒップホップを聴いたり……そんな浮気症の自分を過去、ずいぶん恥じたことを思い出す。だが今は「これはもうしょうがないのかな」と思っている。「しょうがない」……こうした諦めもまた自分の中にはあるなあ、と。お酒を呑めないのも悲しいけれど「しょうがない」、発達障害者として生きなければならないのは大変だけど「しょうがない」。どう現実を受け容れ、ブルース・リー言うところの「Be Water」を貫くか。水となって状況に柔軟に対処しつつ自分の流儀を貫くこと。いつしか、そのようなしぶとい生き方を身につけてきたように思う。そしてこれからもそうしてクレバーに生きるのかもしれない。