過去の思い出についてこんなふうに語ってしまうと、なんだか話を誇張しているというかそれこそニンニクマシマシの勢いで「盛りすぎ」ていると感じられるかもしれない。もちろん、過去のことに限った話ではないがぼく自身がカンペキに「白」「純粋無垢」で他人のことを「悪」だったとまで誇張するつもりはない。いじめはいじめられっこに原因があるという説を支持するつもりはないが、少なくともぼくのケースに限って言えば(当時はコンプライアンスも行き届いておらず、いまのような「多様化」の時代でもありえなかったので)ぼくのような発達障害のガキンチョは「格好の餌食」だったのかなとわからなくもないのだった。なんにせよ、先にも書いたがこのことに関して彼らのみをとがめるのは端的にリアルではない。だが、恥を忍んで書く・明かすならそれこそ10代のころというのはぼくにとって人から向けられる愛や好意を知らず、ザ・スミスの歌のように響くだろうけれど「人類の仲間」に自分が入っているという実感もなく、ゆえに孤独を持て余してしまい最終的に高校生のころは左翼思想を聞きかじって急進的になってしまいもしたのだった。いま思えば赤面ものの陰謀論やお花畑の左翼思想だったが、当時はそんなのがかっこいいと思ってしまったりしたのである(ただ、これも大あわてで書くが、あたりまえの事実としてまともなリベラル・左翼はこの世に山ほどいる。右翼にだってそういう「傾聴すべき人たち」は山ほどいる)。
日々、本の虫であることをこの日記で明かしているのだけれどぼくはふとこんなことに思い至る。いまはこのグローバル・ビレッジ(世界村)の中で、いたるところで他の本の虫(読書好き)の方を見つけることができる。ぼくが日々アクセスしているDiscordでもFacebookでもMeWeでも、読書家の方々のコミュニティあるいはグループをかんたんに探すことができる。ただ、ぼくが10代だったころというのはクラスメイトたちの中でこうした読書の趣味というのは文字どおり自閉的・内向的すぎて浮いてしまうたぐいのものだった(インターネット以前、つまり1980年代の田舎町というのはそういうところだったのである)。そんな中、本の世界こそがぼくにとってはカフェのようなもので、入りびたり・ねばりまくる日々を過ごしたものだ。いや、いま思えばそんな本が教えてくれた事実というのも「ネットde真実」「陰謀論」的なあやしいものではあっただろうが(一例を挙げれば、春樹を読みあさってしまったせいでぼくはビールとロマンスに明け暮れる人生を夢見てしまい、肉体労働に偏見を持つ人間になった。これもまた大あわてで書くが、春樹さん自身はそれこそジャズバーで身体を酷使して仕事をこなしていた人であり、けっして肉体労働をナメていた人ではありえないにもかかわらず)。
あらためて自分に問う。承認してくれた人、「あなたのままでいいよ」「気ままに、すこしずつよくなっていこうよ」と言ってくれた最初のメンターは誰だっただろうか。実はこれはわからない。でも、確実に言えることが1つある。いまはそれこそ元ジョブコーチやグループホームの管理者の方々など、メンターたちがいてぼくを導いてくださっている。あるいは、そばにいてぼくの失敗・醜態さえも受け容れて見守ってくださっていると感じられる。奇跡だとさえ思える。カタツムリのように、あるいは鈍牛のようにのろい・トロい学びしかできないぼくだが……そんなぼくでも、ようやくさいきんになってエーリッヒ・フロムに倣いつつ愛の技法(つまり、頭であれこれ愛をこねくり回すのではなく実践として愛を示すこと)を学び始めたばかりと思える。ようやく人生は始まったのかなあ、と思う。
夜になり、谷川俊太郎の訃報に触れたこともあって彼の詩をしばし読み返す。その後英会話教室に行き、そこでカジュアルな(つまり「口語的な」「くだけた」)英語表現をスラングや慣用句をまじえて学ばせてもらった。