跳舞猫日録

Life goes on brah!

2024/04/02 BGM: St. Lucia - Physical

今日は早番だった。昼休みに、ぼくはインターネットの魔性というか恐るべき魅力について考えさせられてしまった。思い出す……たしか1995年、ぼくはインターネットに生まれて始めて「触った」のだった(佐野元春のウェブサイトにアクセスしたかった、というのがきっかけだった)。その後、1997年に生まれて初めての自前のウェブサイトをこしらえたっけ。その後、ネットとともに歩む人生がずいぶん経った(だからTwitterも発足当初から使っているのだった……いまはめったにポストすることはなくなってしまったが)。

20代と30代、実に10年以上を費やして、ヘビーというか病的なネット依存の道を歩んだ。毎日毎日、仕事が終わると情報の広大な海に飛び込む日々が続く(当時はスマホもなく、仕事中ネットにアクセスする術もなかった――あったとしたら、もうその海に溺れてある意味「死んだ」かもしれない)。その頃夢見ていたことは、ただデカくなりたい、強くなりたい、モテたい、人気者になりたい……的なものだった。他人を圧倒した存在になることを夢見て、仮想空間でずいぶんあがいたものだ。ニュースブログを作り、人々を「啓蒙」「啓発」したいとさえ思った。それは悪いことではないかもしれないが、ぼく自身はぜんぜんそんなタマではありえないのにである。

このことについて、明確というかわかりやすい、力強いサクセスストーリーを語ることはぼくにはできない。でも自分のあしあとを振り返ってみると、体得できたシンプルな真実を語ることはできるかなとも思う。インターネットはステキな友だちだ。この錯綜した現代社会を生きるにあたって便利な存在となりうるからだ。そのことまで批判したりしない(少なくとも、まさにこうしてネットで恩恵を享受しつつネット批判というのもクールじゃない)。でも、このことは踏まえておくべきかなとも思う――このバーチャルなネット社会は現実社会が持つナマの人間関係・つながりの写像だ……このリアル社会が主で、ネット社会はそこからすさまじいスピードで発展したとはいえ、従属物に過ぎない。こんな表現はスットコドッコイかなとも思うけれど、リアルワールド(現実社会)は「ナマの」「肉体的な」「汗臭い」感触に満ちている。だからこそすばらしいのだ。

今日は世界自閉症啓発デー。青い服を着ることにした。自閉症……これもまた生涯にわたってソウルメイトとなりうる概念だろう(このことを否定しては一歩も進めない)。過去にぼくは、批評家気取りで頭でっかちにさまざまなことを考えた。ライトノベルを読み、ひとくさり「ツイート」で批判に興じる。でも、それらはぼくの生活と切り離された空理空論でしかなかった。いまはぼくは自分を受け容れられる。このカッコ悪い、エッチな凡夫。でも、そんなぼくこそぼくなのだ。

夜になり、疲れてしまったので小説の続きも書けず、結局鶴見俊輔『期待と回想』のページをつまんで終わる。なんだか学生気分に満ちた生活が続く……でも、これもまたぼくだ。