Back To Life

Back To Reality

2022/02/17

朝、鶴見俊輔『思い出袋』を読み終える。小書であり、平明な言葉で書かれてはいるが侮れない本だと思った。鶴見俊輔という人は自身の子どもの頃のことを実によく覚えているな、と思った。不良少年だった頃から一転してハーバード大に行き、慣れない英語を苦労して学んだ思い出。そして故あって留置場で暮らした思い出。彼が学んだプラグマティズムについて。出会った人々について。そうした思い出が、彼の深い思索を形成する礎となっている。明晰な脳を持った人だからなしえたことなのか。私はどうだろう、と思った。ここまで過去と対峙する度胸があるだろうか。

今日はオフだった。雪が降ってきたのでグループホームに帰り、山田風太郎『戦中派虫けら日記』を読み進める。山田風太郎の日記は前に、敗戦の年の記録を生々しく綴った『戦中派不戦日記』を読んで感銘を受けたことがあった。だが、『戦中派虫けら日記』はなかなか面白くならない。著者は戦時中の厳しい状況下でもひたすら読書に勤しみ、苦しい生活の記録を克明に綴る。その思考は時に天下国家の動乱を憂い、恋に悩み沈思黙考に耽る。若き日の山田風太郎の焦燥が手に取るように伝わってきて、安易に読めない本だなと思わされた。裏返せばその抽象に走りがちな思考を延々読む苦行を強いられる本だとも言えるだろうか。

『戦中派虫けら日記』にも飽きると黒川創鶴見俊輔伝』を読み進める。この本でも鶴見俊輔の歩みはホットに伝わってくる。恵まれた家庭環境で育ちながら母の過剰な躾けに苦しみ、反動で不良少年になり万引きを繰り返した少年時代……こうした自分の中の「悪」を、今の言葉で言えば「吐き出せる」のが鶴見の強みだろう。弱さを認めて反省し、その地点を思考の基礎/ベースとして粘り強く考え続ける。私自身、自分の中で渦巻く性欲や我執を子どもの頃から自覚させられ、それ故に禁欲的に生きるしかなかった日々があったことを思い出す。過去にこんな話をクラスメイトにしたら「誰だって思い出したくないことはある」と一蹴されたものだが。

不具合ばかりで使えなかったclubhouseも、アプリをアップデートさせたら使えるようになったので久々にclubhouseを使ってあるルームに行き英語で自分のことを語る。clubhouseを使うようになって半年。ジュディスさんとも会えたし、自分の英語もこのアプリで鍛えられたかなと思う。鶴見俊輔も子どもの頃の学問的鍛錬によって思索の能力を鍛えたのだし、紛れもない中年に居る私もまだまだこれからこのアプリを使って英語力アップを試みることができる。私は「努力」とは無縁の人生を送ってきた。英語だって「努力」なんてしたくない。ただ、できない自分を認めてできないなりに英語で喋ることを楽しむことで向上する。結果的にその「楽しむ」姿勢が他者からは私の「努力」となっているのだろう。これもまたおかしな話だ。