跳舞猫日録

Life goes on brah!

2023/03/15 BGM: Simon & Garfunkel - April Come She Will

今日は休みだった。朝、図書館に行く。大江健三郎を追悼するコーナーが作られていたので、『静かな生活』を借りる。その後イオンに行きさっそく読み始める。外は気持ちのいい好天に恵まれていた。こんないい天気の日を迎えると、私は過去酒に溺れていた頃のことを思い出してしまう。いつも書いているけれど私は車を運転できないので晴れていてもアウトドアを楽しむこともできず、したがって「退屈だなあ」と思いながら酒に溺れるしかなかった。毎日毎日、「今日も呑んでしまうだけで1日が終わる」と思って陰鬱な気持ちになって……それを思うと今のシラフの生活はほんとうに奇跡のように思われる。生きづらさ(それは取りも直さず毎日が「退屈」だったから来たことだ)を抹消するための酒だったが、その酒がさらに生きづらさを増していたのだと考えると乾いた笑いしか浮かんでこない。いや、これは今だからこそ言えるのだが。

『静かな生活』を読み、下品な表現になるがこれは「自閉的」「内向的」な作品だと思った。だが「自慰的」な産物ではありえない。この短編集はそっけなく言ってしまえば大江の娘の立場から記された「私小説」という体裁を採ってはいるのだけれど、ここで彼は自分自身を客観的に見つめてかなり過激に自己を批判している。いや、批判を通り越して自己解体しそこから再生を試みているとさえ言えるのかもしれない。登場人物たちはタルコフスキー『ストーカー』やセリーヌを語りつつ、それが大江健三郎自身の思想と比較される。彼らの会話はしばしば白熱し、神や世界の終わりについても言及され広大なスケールに至る。あくまでささやかな日々の生活を記しながら、そこに普遍的な思想を見出そうとしているという点でこの作品は深みを備えたものとして成り立っていると思った。これこそ大江の真骨頂なのだな、と唸る。

昼、ある方とお会いする。そしてイオンで買い物をする。私の買い物について、どのようにすればより節約された買い物になるかを検証するのが目的だ。その方から「目標を設けた方がいい」と教わった。私はパソコンを買い替えたいというとりあえずの目標があるわけだが、それについてあらかじめ予算を立てておいて、そこから逆算して自分がいくら貯める必要があるか把握するのが大事だということだ。グループホームの方に自分のお金のことは一任しているのだけれど、情けないことにいくら自分が貯めているのかわかっていないので(こうしたお金の管理ができないのも発達障害ゆえのことだ、と言ったらお叱りを受けるだろうか?)、さっそく施設の方にLINEで確認したいと思った。と同時に、こうして貴重な時間を割いて下さった方に感謝しつつ昼食を済ませる。

今日は断酒会の昼例会と夜の会があった。私は宍粟市について話した。宍粟市での生活が嫌いでしょうがなかったこと……退屈極まりない町だとばかり思っていたこと、などなど。新しい参加者の方も入られて、いったいどうしたらお酒を本格的に止められるか私も考えさせられる。ただ単に我慢するというだけではなく「お酒が中心となって回っていた生活」から自らを未練を残すことなくスパッと断ち切り、そして新しく生き直すのはどうしたらいいかということだ。私自身、過去に酒浸りになっていた頃は「酒で死ねたらもう言うことはない」「とっとと死にたい」とばかりしか思っていなかったのでそこから今のように腹を括って「生き直す」ことができるようになるまでには時間を要した。新しい参加者の方に私の体験談が届いたことを願う。そしてそこから参加者の方が何かを掴めたとしたら幸せなのだけれど……。