跳舞猫日録

Life goes on brah!

2022/11/22 BGM: Belle and Sebastian "Like Dylan In The Movies"

イオンに行くともう年末商戦が始まっていることに気づく。来年、私は48歳になる。ここまでくると50代ももう目の前だ。人生、もう後半戦に差し掛かっている。あまり考えたくもないけれど「終わり」も見えてくる。ああ、いったい自分はこの人生で何を成し遂げただろう。50代はどんな人生になるのか。わからない。私は小説を書きたいと思って、でもついに書けないまま生きてきた。日記なんて書くつもりはなかったのにそれは今まで続いてきて、それはもしかしたら50代になっても続くかもしれない。ああ、それが人生というものなのかもしれない。

断酒して、自分の人生を新しく生き直すつもりで生きてきた。面白おかしく生きてきて、そして今に至る。何とか自分自身を変えたい、なりたい自分になりたいと思って映画を観るようになった。そうして理想の自分に一歩でも近づけたとしたら嬉しいことだ。これから自分はどうなるのだろう。これからもこんな風にして仕事をして映画を観て、そしてよく食べて眠って……何だかもう半分隠居生活に足を突っ込んでいるかのような、そんな生活だ。それこそ前にも書いたことだけれど、小津安二郎の映画でも観て平穏に暮らすべきなのかもしれない。

人生とは何なんだろう。私は酒に溺れていた頃、しょせん「すべては気晴らし」「人生は暇つぶし」だと思って生きていた。意味なんてない、と。どうせ私たちは短い人生を生きて死ぬのだから、パーッと生きて派手にやらかして、そして死のうと思っていた。でも、それも考えてみれば下らないニヒリズムというか頭でっかちな生き方だったなと思えてくる。そこには仕事をしている時に感じる肉体的な喜びや、映画を観ている時に感じられるような手に汗握るスリルといったものが欠けている。今はそうした喜びやスリルを味わい尽くしてそして生きていきたいと思えるようになった。

夜、クリント・イーストウッドアメリカン・スナイパー』を観る。クリント・イーストウッドは保守反動の巨匠だと思っていて、それゆえに「敬して遠ざける」スタンスで接してきたのだけれど今回観てみてもっと「挑む」つもりで観た方がいいのかなと思うようになった。極限まで音楽を省いたハードボイルドとも言えるタッチの映画だと思い、こんなストイックで渋い映画を作れるイーストウッドの美学に興味を抱いた。とは言え、読み取れたかと言えばぜんぜん読み取れておらず他の人の感想に唸る。私もまだまだ修行が足りない。いや、50代を間近にして「修行が足りない」と言うしかないというか、白旗を揚げなければならないというのも情けないのだけど、人生とはそんなものなのだろう。明日からまた頑張ることにした。C'est La Vie。