2022/11/01

前にも書いた通り、私はズボンのポケットにマルマンから発売されているニーモシネというメモパッドを入れて持ち歩いている。そしてそのメモパッドに英語でメモを書いている。前は日本語の文章を思い描いてそれを頭の中で英語に訳すという段取りで書いていたのだけれど、今では英語がダイレクトに浮かぶようになってきた。どうしてなのかはわからないのだけれど、強いて言えばそうして英語を思い浮かべられるということは練習の成果なのかもしれないなと思う。だが、もちろんこれは一朝一夕で身についたことではない。

効率を求められる時代である。だから地道な努力というか、時間をかけて何かを学び取るということは分が悪い。だけど、私が英語でメモを書けるようになったのは結局そうした努力のせいとしか言いようがないのだった。努力すること、そして成長する自分自身を好きになること。語学は才能とも言われるが――そして確かに向き不向きはあるとも思うのだが――私は汗をかいて何かを学ぼうと努力することは決して人を裏切らないと思う。泥臭く努力することによって、人は(それが結果として実らないかもしれないにせよ)多くを学べると思うし、そこから成長することもできると信じている。

昼休み、来月頭に行われるミーティングで読む柳美里「JR上野駅公園口」の英訳を読み始める。本来ならもっと予習として読み込むべきだったのだが、通訳のボランティアなどの準備をしていたので遅くなってしまった。これは読むのが難しい。いや、テキストは魅力的なのだけれど意味がわからない単語をこれまた地道に辞書で引き、読み込む作業が必要とされる。自分自身に対して、焦らず地道に読み込んでいこう、と言い聞かせる。辛抱して読み込んでいけば、きっとこれもまた自分自身の成長に繋がる、と。努力は裏切らない。そう思うことにした。

そんなこんなで日々は過ぎていく。十河進『映画がなければ生きていけない 1999-2002』を読み込む。今日は時間が取れたらトラン・アン・ユン『青いパパイヤの香り』でも観ようかと思っていたのだけれど、結局疲れてしまって観られなかった。一生に一度しかない47歳という時期……こんな風に仕事と映画と読書に費やしていていいのかとも思うのだけれど「では他に何をしたい?」と自問しても何も出てこない。何の宛てもなく、ただルーティンをこなすだけの日々。だが、そのルーティンが私自身を成長させてくれているとも信じたいとも思う。