犬は吠えるがキャラバンは進む

The Dogs Bark, But The Caravan Moves On.

2022/06/28

今日、自分自身の内側を今一度見つめてみた。その昔、私は自分の中にあるものがとても穢れた、あるいは奇妙な要素のように思われた。肉欲、あるいは物欲。でも今は、そんな風に自分を捉えること自体がいじめなどで他人からそう仕向けられたことがわかる。今は人は私のことをピュアだと言う。どちらが本当かはわからない。私の内側には確かに肉欲や邪欲がある。ただ、それをむき出しにしても大事な人を遠ざけてしまうだけなのでことさらに語りたいとは思わないだけだ。その分、私は大人になったということなのだろうと思う。

中島義道『孤独について』や『哲学の教科書』を再び読み返している。中島義道は、子どもの頃不幸だったならその不幸な思い出を検証するように薦める。その頃に感じた生きづらさの中に、これから生きていく上で役立つヒントがあるはずだ、と。上述した、私自身が「エッチだ」「何を考えているかわからない」と責められたことを思い出した。地獄のような時期だった。異性に対して今でも歪んだ見方をしてしまうのは、この頃に異性とうまく付き合えずにいたせいだと思う。自分自身が下賤な存在であるとさんざん糾弾されたからだ、と。

今日、clubhouseでルームを開いた。今日は日本語で話した。参加した方と安部公房砂の女』やモーリス・ブランショ村上春樹について話をする。村上春樹カフカの小説から何を読み取るか。私はハルキの小説は保坂和志レイモンド・カーヴァーが描くような「ささやかな日常に眠る聖性」を描いたものだと捉えているのだけれど、人はもっと村上春樹から異世界や非日常の要素を読み取るかもしれない。そうして多様な読み方ができるのがハルキのすごいところだろう、と思った。中島義道についても少し話したが、概ね文学の話に終始してしまった。

夜、英会話教室に行く。そこでいろいろな方と話をする。今日はアメリカという国が4つの地域に分かれていること、そうしてそれらの地域の人々の気質や風土について聞かせてもらう。そこから自然と日本国内の様々な地域について人々の性格や気質について話が及ぶ。「関東はうどんのつゆの色が黒い」「宍粟市スローライフが好まれる平和な町だ」といった話が飛び出した。世界で英語がどれだけ話されているかについても話は及び、私が世界史をきちんと履修していなかったツケを感じた。今日もなかなか面白い1日だった。