Back To Life

Back To Reality

2021/11/13

一昨日の発表のために作成した、発達障害についての資料を英訳する作業を午前中に行った。英訳しながら、やっぱり自分はこうしてなにかを書き続けることが好きなのだな、と思った。それが食い扶持になれば理想的ではあるのだけれど、そうならないとしても私は自分の中から溢れ出てくるものを形にしたいと、常日頃から思っているのだな、と……それをDiscordやWhatsAppの友だちに見せると概ね好評だったので嬉しく感じた。昔、クラスメイトからずっと嫌われていじめられていた頃の自分とは大違いで、今は受け容れられている。それが嬉しい。

その資料を見せたくて、久しぶりに中国(いや、台湾?)の女性の友だちにもWeChatを使って資料を送る。すると今話せるか訊かれたので、リアルタイムで英語で話した。彼女が私の声について、とても心地よく感じられるから好きだと言ってくれたのが印象的だった。学生時代、一体なんの役に立つのだろうかと考えながら英語を勉強したことを思い出す。勉強というものは意外と利害というか損得を考えずに、己の成長を見極めるべくやっていれば予想もつかない形で成果として現れるものなのかな、と考えた。今も英会話教室には通っているのだけれど。

午後、昼寝をしてから一体どうやって時間を過ごすか考えてTwitterのタイムラインを見ていたら、フィリップ・ジンバルドー&ニキータ・クーロン『男子劣化社会』という本の話題が飛び込んできた。早速図書館に行って借りてきて読んでみた。タイトルは挑発的だが、中身は妙なセンセーショナリズムに走ることのない、穏当な提言を示した本だと思った。インターネットの発達によるゲームの普及やポルノの隆盛が、「男子」の生きづらさとどのように結びついているか説得的に示している。私はゲームはしないのだが、ポルノに関しては思い当たるところもあった。

この本が示している、ゲームやポルノで肥大した自己愛に依存して生きるのではなく実地で女性に徐々にアプローチして、失敗を恐れず恥をかきながら経験を積んで実力をつけていこう、という結論は私自身も納得できるものだった。それはかなり時間がかかるし、試行錯誤の積み重ねというのは効率的な成果を求められる現在ではロスが多いため嫌われる。だが、私自身の半生を振り返るにそうしたロスの多さ、失敗から生じる傷もいずれは自分を強めてくれるものだと思う。そんな教訓をもらえるいい本だと思った。だが、トランスジェンダーの問題についてページが割かれていないのが気になる。