Back To Life

Back To Reality

2021/09/08

今日は休みだった。朝、御法川修監督『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』という映画を観る。さほど心に響くとは言い難いが、いい映画だった。「とりあえず」という言葉が重要なキーワードのように思った。「とりあえず」生きる、「とりあえず」やってみる……実を言うと私自身が就活がうまく行かなくなって自殺未遂をした時に、生きなければならない理由がなにひとつわからなかったまま「とりあえず」生きてみよう、明日のことはわからないけれど「とりあえず」生きようと思い、そして今日まで生きてきたのだった……。

そんなことを考えていると昔読んで感銘を受けたアランの『幸福論』を読み返したくなって図書館に行く。そして少し読んだ。身体を使ってリフレッシュすることが幸福に繋がると書いてある。最初に読んだ時は読み飛ばしたのかこの箇所を覚えていなかったのだけれど、今はわかる気がする。私も今の仕事は肉体労働的なところがあるので必死で身体を動かしているのだけれど、その身体の動きが自分を仕事モードにさせてくれて、心をリフレッシュさせてくれていると感じるからだ。アランという人は侮れないと思った。

昼、ミヒャエル・ハネケ『隠された記憶』という映画を観る。ハネケの撮り方が洗練の極みを見せた一作だと思う。悪意が瀰漫し、誰が脅迫者であってもおかしくない現代を描いていると受け取った。私もいじめに遭っていた時、誰を信じていいのかわからずこのハネケ的な迷宮/悪夢に迷い込んだような感覚を味わったことを思い出す(でも今は信じられる人が居るとも思う)。ハネケの映画の面白さを思い、もっと『ピアニスト』や『愛、アムール』といった作品を観直していこうかなと思った。初期のものも観てみようか。

夜、リモートで断酒会に出席する。そこで改めて幸せについて思う。仕事はストレスも生むし辛いものではあるのだけれど、身体が動いて求められたことをこなしてお金がもらえるという意味では恵まれているのかもしれない。休みの日は映画も観られる。大学で英文学を学んだことが今に活きているのかどうかは考える余地があるが、ならばこれから活かせるようにもっと勉強すればいい話でもある。だから今は「これでいいのだ」と構えられるはずなのだ。だがなかなか「足るを知る者は富む」という境地には至れない。他の友だちはこのコロナ禍をどう過ごしているのだろうか。