跳舞猫日録

Life goes on brah!

2021/09/09

アラン『幸福論』を買ってしまった。早速読んだのだけれど、今の私の意見と同じようなことが書かれていて面白く思った。幸せになることは「意志」である、という言葉が興味深い。「幸せになるんだ」と自分から自覚して幸せになるべく動く(それは簡単なものでいい。アランが薦めるように身体を軽く動かすとか)。そうすれば自ずと幸せになれる。今の仕事をなんだかんだ言って私が続けているのも、身体を動かす仕事であってそれ故に心まで調子を上げてくれるところがあるからだ。アランという人は一体何者なのだろう。堀江貴文の書いたものを読んだ時にも似た力強さを感じた。

アランに飽きたら、阿久津隆『読書の日記 本づくり スープとパン 重力の虹』という本を読む。前に少し書いた『読書の日記』(1000ページくらいある本)の続編である。この著者は好きだ。私と同じ本を読んでいるというわけではないが、この人が読むものは自分もチェックしたくなってくる。審美眼が確かだと思うのだ。梯久美子『狂うひと』という作家・島尾敏雄とその妻ミホに関するノンフィクションを読んでいるのを知り、私も前々から気になっていた本だったので読むことにした……こういうのを負けず嫌いの心理と呼ぶのだろうか。人が面白そうな本を読んでいるのを知るとどこか嫉妬を覚えてしまうのが私である。

夜、水中考古学についてZOOMで語られるミーティングに参加する。私の全然知らない分野の話だったので参考になる。このミーティングに外国の方からも参加者が居ればとも思った(国際交流協会が絡んだ集いだったので)。私は高校時代は世界史を採ったので、そのせいか今から800年前は日本は何時代だったのか全然ピンとこず(鎌倉時代です)、そこから学ばなければならないという有様だった。とはいえ、面白い発表だと思った。考古学には興味はなかったけれど、なかったが故に一層「面白そうなことをしておられるな」と思って……。

坪内祐三のことが気になっているのだった。最近急逝した批評家で、私は良き読者というわけではなかったのだけれど『文庫本を狙え!』というライフワークに付き添って読んできた過去がある。『昼夜日記』『文庫本千秋楽』といった本を読みたいのだが図書館になさそうなので、買うしかない……むろん買ったりしない。金ができてからである。昔は物欲に支配されて買ったものだが、今はなぜかそんな気にならない。もうひとりの自分が制御しているようなそんな感覚を感じる。これは断酒が「とりあえず」成功できているのとメカニズムには同じだと思う。「なぜか」呑まないでいられるのだった……仲間の力のせいだろうか?