ハーマン・ヴァスケ『天才たちの頭の中~世界を面白くする107のヒント~』を観る。88分という比較的コンパクトな尺の中に、1000人以上の「天才たち」に「なぜクリエイティブなのですか?」と質問をした中から抜粋した回答を集めて一本の流れが見えるように構成されたドキュメンタリーである。これは凄いと思う(し、正直に言えば「よくもまあ」と呆れたのも事実だった)。「何でも見てやろう」の精神でとことんまで、ジョージ・ブッシュ大統領にまでインタビューを行ったこの作品でさて「天才たちの頭の中」はどんな様子であることが開陳されるのだろうか?
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最初は前のめりになって観ることができなかった。確かに「天才たち」は鋭いことを言っている。だが、どの答えも基本的に似たりよったりのような印象を感じたのだ。同じ真実が手を変え品を変え語られるので(むろん天然なのか作為なのか、ひねった答えを返す人も居ることは確かだが)「この答え、前にも言われてたな」と既視感を覚えてしまう。だというのであれば、あとは「天才たち」のキャラの濃さを味わうしかなくなる。例えばスラヴォイ・ジジェク(日本でも流行ったラカン派の批評家)のべらんめえ口調に笑ってしまうなどはあったものの、そこが工夫が足りない印象を抱いていた。
だが、荒木経惟(あの「アラーキー」でお馴染みの写真家だ)が出てきたあたりから私は評価を変えなければならないかなと思ったのだった。彼は性欲あるいは勃起という現象と自身のクリエイティビティを絡めて語る。しかし、それを受けたかのように次に出てきた北野武が自身のクリエイティビティが性欲と絡んでいることを否定する。そうした煩悩(という言葉を北野は使わないが)と無縁に成立するものこそ自分の芸術なのだ、と。この「流れ」がいいなと思った。ただデタラメに「天才たち」の意見を寄せ集めたものではなく、監督なりに考察を練って発展させようとしているのだな、と好感を抱いたのだ。
そう考えるとこの映画は、ハーマン・ヴァスケという監督の「終わりなき旅」なのかもしれない。当たり前の話をするが、たったひとつの「クリエイティブとはなにか」という答えが出てくることを期待してこの映画は成立していない。人の数だけクリエイティビティは存在する。それが当たり前だろう。そのクリエイティビティの「ゆらぎ」というか「個性」はどこから出てくるのか……ということまでは突っ込まれないものの、個性的なクリエイター/天才たちに愚直に(ワンパターンに)同じ質問を放って回る監督の誠意と求道心は、なるほど芸がないと言えば言えるのだけれど支持したいと思った。
それにしても、「天才たち」のなんと頭の回転が速いことだろう。このドキュメンタリーが本当にアポ無しなのかどうなのかわからないが、監督は律儀にたったひとつの質問「あなたはなぜクリエイティブなのか」をぶつけ、「天才たち」はそれをはぐらかし、しかし時に誠実に答える。その答え方は、「天才たち」自身も自分自身のクリエイティビティがどこにあるのか悩み、考え抜いたことを推察させるものである。願わくばそんな風に自分自身の天才性について考えざるをえない「天才たち」の悲しさまで読み取れればと思ったが、流石にこの細切れのドキュメンタリーでは無理なようだ。
なるほど、ケチをつけようと思えばつけられる。こんな人が「天才たち」のひとりなの? といった次元においてもであるし、あるいは白人たちがどうしたって優位になってしまっているバランスの悪さに関してもだ。だが、それに目を瞑ればこのドキュメンタリーはホットであると思う。ここまで積み重ねた監督の執念を単に「しつこい」とだけで切って捨てる趣味は私にはない。そして、むしろこの監督自身が10年を超えるスパンの歳月で「クリエイティブ」について考え抜き、寄せ集めたその執念こそが「クリエイティブ」ではないかと思ったのだ。その意味で死後は監督が自分の言葉に答える形で〆てくれればよかったのに、と思う。いや本当に。