跳舞猫日録

Life goes on brah!

2023/07/07 BGM: KIRINJI - 再会

今日は七夕の日。笹に吊るす短冊に書くぼく自身の願い事として、今年は「橋になりたい」と書いた。「橋」……この町と世界をつなぐ人間になりたい、というのがその骨子だ。世界は国際化・グローバル化が進んでおり、この町にも外国人の方がたくさん住み始めている。その外国人の方と、この町の住民とのコミュニケーションを助けられたら……たとえば買い物をする時そうした外国人の方は困っていないだろうか。あるいはゴミの出し方で悩んでいないだろうか。もちろん今は翻訳ツールが発達し、言葉の壁は崩れつつある。だけど、そうしたツールで解決しきれない問題を「橋(ブリッジ・パーソン)」の人間が通訳・翻訳の役目を務めることで解決できたら……いや、これが「誇大妄想」を通り越して「寝言」「たわごと」の域にすら入るたぐいの夢想であることくらいぼくにだってわかる。「実際に仕事にしてみろ、できるもんなら(笑)」と言われかねないことだって。どうやったら仕事にできるのかわからない。いや、仕事にできっこないことなのかもしれない。でも、一生今の仕事を続けて貧乏に生きるならそれでもいいとも思う。その仕事を続けながら英語を学んで、はばかりながらボランティアで細々と通訳をするなどして「橋」として働きたいと願った。

そして、その夢をふとぼくの両親に話したいと思った。それについて、ぼくが「心の師」と思っている方に相談した。なにせあまりにもデカい夢だ。デカすぎて「食っていく」ための仕事というか、アナクロな言い方になるけれど「男子一生の仕事」にするにはどうしたらいいのか皆目わからない……その方からLINEで返事が届いた。「そのことをそのままご両親に伝えて下さい」というのが骨子だった。泣いてしまった。過去にぼくは両親にずいぶん「負い目」を感じて生きていたことを思い出す。高い学費を払わせて早稲田に通わせてもらってそれでも「人並み」の生活を送れず、両親に親孝行なんて何もできずただ彼らを泣かせるだけの「不肖の息子」「ドラ息子」だったことを……それがぼく自身嫌でたまらず、「自分なんて生まれてこなければよかったのだ」「人生に生きる意味も価値もない」「自分はこのまま虚しく死ぬのだ」とうそぶいて酒に溺れて惰性で生きていたこと……惰性で、ただ死ぬまで「消化試合」「敗戦処理」として事務的に生きていたことを思い出したのだった。でも、今は違う。今は「橋になりたい」という夢がある!

結局今日は遅番でヘトヘトになってしまったので、両親にLINEでこの夢を伝えることもできなかった。しょうがないのでまた後日だ。はっきりした事実として、ぼくはこの夢を1人では絶対に見つけることはできなかったと信じる。ヘンなことを言うようだが、ぼくはこの夢を他の人との「コラボ」を通して見つけた。ぼくは今、多くのコネクションでいろんな人とつながっている。断酒会や発達障害を考えるミーティング、あるいはDiscordなど……そこでたくさんのステキな方と出会い、その方々からほんとうにさまざまなことを「切磋琢磨」の精神で学んだ。そうして学び合い、励まし合う関係の中でぼく自身が「揉まれて」「鍛えられて」きたことからこうした夢が「自然発生的」に生まれたのだと思う。「橋」というキーワードがふとぼくの中に「降りて」「降って」きて、それが今ぼくを突き動かしているのを感じる。端的な事実として、ぼくは結局1人では何もできない弱虫・泣き虫だ。人との関わり・つながりがこうした「夢」を確かに育んでいるのを感じる。ああ、それが人生。

七夕、つまり織姫と彦星が再会する日にちなんで今日は柄にもなくキリンジの「再会」を聴く。「再会」から始まる映画や小説をあれこれ思い浮かべる。ふと、北野武キッズ・リターン』が思い浮かぶ。元ボクサーと元ヤクザの若者たちが「再会」する。そこから新しい人生が始まる胎動が描写される……そうして「会う」「出くわす」ことからぼくたちは新しい出来事を始める。ぼく自身、あの日、あのミーティングで「心の師」の方とその娘さんにお会いしたことが「この人生」のはじまりだったのだと思い出せる。ああ、あの出会いがなければ。「心の師」の方に英語を褒められたこと、その方から国際交流協会英会話教室を紹介していただいたこと……そこからぼくは自分の英語を披露することを始めたのだった。ああ、まさに「新生」「ニューライフ」だ。あの映画の有名なラストのセリフを思い出す。「まだ始まっちゃいねえよ」という言葉……ぼくの人生ももしかしたら、「これから」始まるのかもしれない。いや、わかってる。これから生きても「たかが知れている」。何せもう48歳なのだから。でも、ぼくの歩みは止まらない……。