跳舞猫日録

Life goes on brah!

2023/06/06 BGM: The Charlatans - Here Comes a Soul Saver

ある友だちからこの日記へのコメントとして教わった、「外柔内剛」という言葉がぼくの中で今でも「活きている」のを感じる。その友だちは「我慢と寛容は違います。言うべき時は言うべきことを言うべきです」と言ってくれたのだった。それを思い出し、今日も会社でぼくが見つけたミスについてボスに指摘する。すぐに「直します」という話になった。そして昼、それとは関係ない話になるけれどロシアのある友だちがぼくのこの日記についてずいぶん熱心に質問してくれた。ぼくが福祉を利用できずに困ったことについて……何度も言っているけれど、ぼくがこの日記を書き始めたのはだいそれた理由なんて何もなかった。ぼくはただ、海外に住むぼくの友だちに何か面白いことをシェアできないかと思って、ならばぼくの生活をそのままお教えしたいと考えるようになって書き始めたのだ……だけど、その日記はこうしてぼくたちをつなげてくれている。ほんとうにありがたいことだと思う。この日記を書き始めて、ぼくを取り巻く環境もずいぶん変わってきた。ぼく自身も変わったのではないだろうか。成長……だとしたらいいのだけど。

ぼくはある意味、途方もないロマンティストというか夢想家というのだろうか、単純に言ってしまえば「アホ」なのかなあとも思う。というのはこんな混沌とした時代にあって、それでもコミュニケーションは大事だと信じているからだ。だからこそ英語だって学ぶし、こうしてソーシャルメディアなどを通して発信するのを止めない。これはぼくが、過去にいじめに遭って理不尽なコミュニケーションに苦しんだことも関係しているのだろう。何をどう言っても「みんなそう言ってる」「お前が頭がおかしいだけだ」と言われて、まともに話を取り合ってもらえなくてずいぶん苦労したものだ。そういう経験を経ると、むしろ言葉が「通じてしまう」ことの方が謎にさえ思えてくる。どうして言葉は「通じてしまう」のか……そこからウィトゲンシュタインの哲学まではそんなに遠くない。言い方を変えれば、そうしたウィトゲンシュタインの哲学はまさにぼくにとって「身近な」哲学であってぜんぜん高尚なものではないのだ。あるいは村上春樹カフカのような作家の作品にしても然りだ。

仕事が終わり、英会話教室に行く。そこで英語を学ぶ。先生とも再会できた。今日は「6月」について。「父の日」や「ジューンティーンス」を祝う風習がアメリカであるという話をしたり、あるいは単純に「6月」からいったい何を連想するかという話になったり。ぼくは「『6月』は『梅雨』で、『アジサイ』が咲いて、『夏至』もあって……」と実に漫然と思いつくままに話してしまった。ぼくのような発達障害者はこうした雑談(chitchatと言う)が苦手なのだけれど、でもそこで「ごめんなさい。雑談はできません」と尻込みしたり黙り込んでしまったりしても何も始まらない。とにかく「しくじる時は堂々と」「ナイスエラー(これは別の友だちから教わった言葉だ)」の精神で話す。先生もぼくの発達障害のことをわかっていて下さったので、実に闊達に応対して下さった。これもまた実にありがたいことだ。村上春樹ダンス・ダンス・ダンス』に出てきた言葉(だと記憶しているのだけれど)を使えば、「踊り続けるんだ」の精神でとにかくやけっぱちででも足を動かしてみる精神が大事なのかなと思った。

思えばぼくはもともと十代の頃に作家になりたくて、そこから村上春樹のように翻訳もこなす人間になりたいと思い英文学を学ぶことを考えたのだった。そして実際に学んだのだけれど、結局作家にも翻訳家にもなれず20代・30代はアルコールの泥沼の中に堕ちてしまった。「語学はできないの?」と言われても「こんなど田舎で英語を勉強して何になる」「こんな経歴なんて何の役にも立たない」と腐ってしまって、ずいぶん自暴自棄な日々を送っていたっけ。でも、40歳を転機にぼくはもうキャリアがどうとか考えず、何の野心とも無縁に楽しみのために英語を再び学び始めた。そうして英語を磨き始めたら、それが縁で海外の友だちとつながりを得ることができて……そして今に至る。DiscordやMeWeやWhatsAppでも人とつながることができて、「あなたの英語はクールだ」と言ってもらえるようになって……そう思うとまさに人生、何が幸いするかわからない。過去に酒に溺れていた頃、ぼくは悟りすまして「人生は無意味」と思っていた。でも、今はこんな風に「無意味かもしれないけれど、学びは楽しい」と思うようになった。ああ、そんな風に人も変わっていくし、時代も確実に変わっていくのだなと思う。ボブ・ディランが歌ったように。