跳舞猫日録

Life goes on brah!

2023/04/13 BGM: Blur - Girls & Boys

今日は早番だった。昼休み、未来屋書店に行き念願の村上春樹の新刊『街とその不確かな壁』を買う。しばらく放心状態に陥ってしまった。思い起こせばこうして発売日を待ちわびて本を買ったことってそうなかったな、と思った。最後にこんな経験をしたのはいつだっただろうか。いつの間にか日々の忙しさに慣れてしまって、擦れっ枯らしになったのでワクワクしながら新刊を待つこともなくなってしまった。あるいは村上春樹にしたって、もはや新刊に期待せずに過去に読み耽ったものを繰り返し読むようになってしまって……歳を取るとそうして感受性は確実に変化していく。そう考えると、私の人生を常に彩ってきた村上春樹という人は時代に応じて変化してきて、第一線をずっと走ってきたともいえるわけでその偉業に素直に感服したいとも思う。さて、この新刊はどういう変化・進化を体現しているのか。

ああ、我が人生……16歳の時だっただろうか、クラスメイトが読んでいた『1973年のピンボール』を読ませてもらって、その後『ノルウェイの森』にハマったことから村上春樹との付き合いが始まったのだった。英雄願望というのだろうか、ある時期までは村上春樹は象徴的な意味で私の父親のごとき存在でもあった。彼のようになりたいと憧れて……少なくとも、英語を学ぶ動機の1つが海外で活躍する春樹のようになりたかったからというのは確かなことだ。日本的な考え方では、そうして「コピー」することによって父親を乗り越えるべく格闘する時期というのが存在する。そこからその呪縛を破るべく「デストロイ」する時期があり、その後自分なりのスタイルを見つけていく(縮めて言えば「守破離」という思想だ)。私も、今は自分なりのスタイルを見つけられたと思っている。だが、春樹から学んだことは一生涯忘れられない。

実はここ最近ずっと不眠に苦しめられている。思い当たる理由としては、多分に日々に不安を感じているからだろう。グループホームの部屋で休んでいても隣の部屋の人に迷惑をかけていないか気になるし、仕事をし始めても自分の仕事が役に立っているのか、自分が嫌われているのではないかとかそんなことが気になりおちおち休んでいられない。それで不眠に陥り、ベストパフォーマンスが出せないでいる。私は睡眠時間を削って何かをすることがエラいとは思わない。オードリー・タンのように生活をきちんと律して、眠るべき時はきちんと眠る姿勢をこそ見習いたいと思う。だが、私の場合はなかなかそううまくはいかないので苦労しているのだった。それで今朝も眠れないままに、Discordの村上春樹ファンが集うサーバで新刊の話題を投稿して盛り上がってしまった。ゆっくり眠りたい。

夜、ZOOMのオンラインミーティングに参加する。今日の発表はある方の、近所の川を散策していて気づいた宍粟市の自然についてのものだ。発表を聞かせてもらい、私自身気づかなかった自然の美しさや驚異について思いをめぐらせる。昔はこんな辺鄙な田舎で自分の人生を費やすことに何の意義も感じられず、都会に出たいと焦ったものだ。今はこの田舎でスローに生きることに喜びを感じられるようになった。それも自分の中で起きた大きな変化だ。その後、眠れてなかったことが祟ったのか結局『街とその不確かな壁』を読むことなく眠ってしまった。ソーシャルメディアでは早速春樹のこの新作を読みこなした人の投稿が散見されるが、私は自分のペースで焦らずに読みたいと思う。自分の好きなように読み、好きなように楽しむ。そうしたわがままな楽しみを、読書というアクティビティは許してくれる。