跳舞猫日録

Life goes on brah!

2023/04/03 BGM: Motoharu Sano - COME SHINING

今日は遅番だった。朝、坂本龍一千のナイフ』を聴きながら『沢木耕太郎セッションズ 青春の言葉たち』を読む。私はプロの音楽評論家ではないので詳しいことは語れないが、坂本龍一の音楽から確かに東洋的なエッセンスが伝わってくるのを感じる。私たちの社会はグローバル化が進んでいて、私自身もDiscordなどで海外の人と親密にやり取りできるのを感じている。密かな野望として、私は自分のこの日記を通して海外の人が日本の書物や音楽に興味を持ってもらえればと思っている。あるいは海外の人と私がチャットすることを通して、日本の音楽や文学などの素晴らしさを知ってくれればいいな、と……私は日本の文化は決して質が低いとは思わない。西洋/欧米とは違った色合いを持っているのは確かだけれど、それを以てどちらかが絶対的にいいとかいう問題にはならないだろうと思う。村上春樹だけが日本の文学ではない、ということを知ってもらえればいいなと思う。

Twitterに私なりに坂本龍一を追悼したメッセージを投稿する。いずれこういう日が来るとはわかっていた。誰の人生にも終わりがある。だが、こうして私の人生を彩り、支えてくれていた人が亡くなると確かにこたえるのを感じる。もう青山真治も居ないし大江健三郎も居ない……ふと、10年後のこの世界はどうなっているだろうと思う。私は未来を見通す能力を持たない。具体的に未来のヴィジョンを見据えて行動するという能力を持たず、ただ「今」に殉じて生きることしかできない。多分私は10年経っても村上春樹を読み、この日記を書いて生きているだろうと思う。春樹を読むことも日記も自分の中でライフワークとなりつつあるのを感じる。変わらないもの、自分の中で指針となってくれるものを信じて生き続けるのだろう。わからないけれど、10年後も自分は井上陽水を聴いたりキセルを聴いたりしながら暮らすだろうと思う。その頃どれほど今と比べて前に歩くことができているだろうか。いや、あるいは後戻りしているだろうか。

踊る猫 on Twitter: "I'm not a pro critic so can't say any "catchy" and "edgy" comment, but Ryuichi Sakamoto's music invites me to see various wonderful imaginary scenes. Oriental, dreamy, and profound ones. I'll live with his various songs and enjoy marvelous dreams by them. R.I.P." / Twitter

沢木耕太郎の『青春の言葉たち』の中で、「ゴミのような人生にも激しさを」という言葉が登場する。何かしら偉業を成した人がエラいというのではなく、私たちの人生は「ゴミのような」ものではあるかもしれないという諦念が語られる。でもそれでも、その「ゴミのような人生」においてバカなことを貫いて生きた人が尊い、と。私自身この日記を書くことを「バカなこと」だと思っている。誰に頼まれたわけでもないが、ただ何となく毎日が過ぎていくのがもったいなくて、シェアしたいと思って始めたことだ。それが今では2年目に達しようとしている。その他にも英語でメモを書いたり……過去に、飲酒が自分にとってエクスタシーをもたらすものであると信じていたことを思い出す。恍惚をもたらす、と。今は違う。自分のやりたいと思った「バカなこと」を「ゴミのような人生」の中で貫くことが恍惚に繋がると信じる。

思えばこの日記は何らだいそれたことを考えて始めたわけではなかったのだった。ただ世界のさまざまな場所に居る友だちに私自身の生活をシェアしたいと思って始めたことであって、その意味ではラブレターのような営みと言えるのかもしれない。何らパブリックなものではなく、もっと個人的な秘め事のようなものだ。そう考えると、この日記を読んで下さっている方々というのもかつての自分のように孤独を持て余していたり、何かしら不安を抱えていたりする人であったりするのかもしれないなと思う。私は根っこの部分でペシミスティックというか、メランコリックな性格を持っているので人生は本質的に孤独で悲しいものだと思っている。出会った人とはいずれ別れなくてはならない、と。あるいは人生は本質的に無意味だとさえ思う。だが、それでも私は折に触れて忘却に抗って坂本龍一を聴き、あるいは読んだところで何の意味もないかもしれないけれどそれでも村上春樹の新作を心待ちにして買い求め、読み耽るのだろうなと思うのだ。

あなたはよく こう言っていた 終わりは始まり(佐野元春「グッドバイからはじめよう」)