犬は吠えるがキャラバンは進む

The Dogs Bark, But The Caravan Moves On.

M・ナイト・シャマラン『オールド』

M・ナイト・シャマラン『オールド』を観る。何だかコロナ禍をそのまま隠喩/メタファーとして使ったような映画だと思った。仕掛けは簡単で、「1日にほぼ人間が一生涯に該当する歳を重ねる海岸」に閉じ込められた数人の老若男女たちのパニックを描き、そこから果敢に脱出しようとする姿を描いた映画だ。だが、ちゃちなB級ホラーと侮ってはならない。そこは流石に『シックス・センス』以来数々の問題作を発表して世間をあっと言わせてきたシャマランだけあって、様々なことを深読みさせる魅力/魔性を備えた映画であるとも思ったのだった。そして何よりも面白い。


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コロナ禍の隠喩/メタファーとはどういうことか。私たちは言うまでもないがこのコロナ禍でずいぶん痛めつけられてきた。行きたいところにも自由に行けず、「お家時間」「ステイホーム」と言えば響きはいいが実はじっと自分の部屋に閉じこもって耐え忍ばなければならない暮らしを強いられてきたのだった。それはそのままこの映画の老若男女の姿とカブる。彼らもまた、閉塞した環境であるビーチに閉じ込められ、逃げ場がないままじりじりと歳を(いたずらに)重ねなければならないという状況に陥っているのだった。そして私たちのうちの何人かはそんな状況で死ぬことを強いられる……。

シャマランの映画を私はこれまでさほどきちんと観てこなかったのだけれど、それでも彼を応援したくなるのは彼の映画が(時にはビターテイスト/バッドエンドめいた終わり方をするとしても)、主人公の中に内在する力を覚醒させるメカニズムに則って展開するからである。『シックス・センス』で死体を幻視できる主人公はその力を生かして死者の代弁を行い、『アンブレイカブル』でもアメリカン・コミックスよろしく主人公を活躍させる展開でこちらを唸らせる。『オールド』も基本的にはそうして主人公たちが持ち前の知性と勘を駆使してビーチから脱出しようとする。

だが、その線から見ると今回の映画はそんなに主人公たちが「ギフテッド」というか天賦の才に恵まれたというわけでもなく、どこかピリッとしないきらいがあった。いや、このあたりはシャマランにとっても難しいところだったのかもしれない。ビーチの魅力/魔性が強大になればなるほど、そのビーチを脱出しようとする人々の能力も過大にならなければならないというジレンマがありうるからだ。だからやや物足りないと思ったのだけれど、でも細かいところまで注意深く作られた映画であるとは思う(乳歯が永久歯に生え変わる過程はどうなったんだ、とツッコミを入れてはしまったものの)。

それにしても、シャマランの映画の子どもたちの何と無垢な……いや、無垢というより天真爛漫というか、キラキラ輝かんばかりに魅力を振りまいているところに興味を感じる。『シックス・センス』の幽霊の男の子、『ヴィジット』の姉弟、そして今回の子どもたち。これはつまりシャマランが子どもたちをいかに知り抜いているかということを意味するだろうし、もっと言えばシャマラン自身が子どもの感性を持っているからではないだろうかと邪推してみる。ゆえにこの映画は実にブラックな展開を見せるわけだが、不思議と後味は悪くない……どころか、この映画が新たなシリーズの前日譚ではないかとさえ思わせる。まだ始まったばかりなのではないか、とも。まあ、そんな観客は私だけで充分だが。

ここから先、オチをある程度割る。実を言うとこの映画の真相はそのままワクチンをめぐって私たちが描きがちな陰謀論とクリソツな様相を呈する。もちろんシャマランはそうしたフェイクニュースや匿名掲示板めいた陰謀論に「わかっていて」乗っかっているわけだが、これもまたコロナ禍があってこそ生まれた映画であることは確かかな、とも思ったのだった。ゆえに、私たちはこの映画を観て勇気づけられる。大人たちの陰謀を暴くのが、実はそんなこととはとんと無関係に書かれた子どもたちの暗号である、というこの映画の構図に刮目せよ! ……と無意味にキバって落とすことにしたい。