跳舞猫日録

Life goes on brah!

2022/06/02

いつも仕事に入る前は、どうしたら仕事モードに入ることができるのか考えている。頭であれこれ、仕事モードに入るための方策を考えてしまうのだけれど皆目その方法がわからない。だけれども、現場に入って制服を着替えて、階段を登りタイムカードを切ってそれから廊下を渡って、現場に入ると仕事モードにスムースに入れる。これは眠りにつく瞬間を見極めようとするのと同じで虚しい努力のようだ。とにかく、20年以上も働いてきたので自然とそんなことができるようになったのだ、と考えるしかない。ああ、これが「マジック」なのだろう。

今日、英語で書いているメモパッドを開いてあれこれチェックしていると同僚の方が「英語ができるなんてすごい」とおっしゃった。私が教わったのは人間には2種類いるということだ。状況説明から始めて結論を導き出す日本語型の考え方をする人間と、結論から始めてその論拠を付加していく英語型の人間。私は多分英語型の人間なので英語で考えたり喋ったりする方が向いているのだろう。それは向き不向きの問題なので、マスオさんがまんじゅうのアンコの種類を見ただけで当てるというのと同じような話なのだろうと思っている。

過去に、とにかく有名になりたい、ネットで名を売りたいと思って様々なことに首を突っ込んだことを覚えている。話題のベストセラー(特にライトノベル)を読み漁り、揉め事をウォッチして……バカなことをしたものだ、と思う。今は自分だけの世界を追及すべく野矢茂樹ウィトゲンシュタインを読んでみたりする日々が続く。本当に関心のあることを追及する。そうすると人が自然と関心を持ってくれるようだ。自分は結局有名になれるようなタマではない、ということをこの47年間の人生で身に沁みて理解した。なら、月見草のような人生を楽しむまでだ。

グループホームの管理者の方の許可を得られたので、また英会話教室に通うことができる。当たり前だが、英語はひとりで座学で勉強して鍛えるものではない。他者との会話によって鍛えられるものだ。英会話教室に通うようになって、先生や様々な生徒たちとめぐり会って人脈を作ることができた。知らなかった世界を知ることができた。ああ、かつては私は人と話すと十中八九相手を不機嫌にさせてしまうと対人恐怖症めいた考えを持ったものだが、今はそんなことは思わない。自分のコミュニケーション能力に少し自信を持てるようになった。これもまた成長なのだろう。