犬は吠えるがキャラバンは進む

The Dogs Bark, But The Caravan Moves On.

2022/05/30

今日は通院日だった。帰宅してチャットをする。とある人に、「あなたは自閉症を克服したと思っていた」と言われた。この言葉が善意から出てきたものであることを私は疑わない。だが、悲しい事実として書かなければならないのは自閉症は一生続く問題であるということ、そしてその自閉症から来る二次障害としての鬱病や不眠に苦しめられる人も少なからずいるということだ。だからこそ、自閉症者を一生にわたってケアすることが求められる(これもあまり言いたくないが、この世の中には「そこまでして何で自閉症者を(私たち定型発達者が)面倒見ないといけないの?」と考える人も少なからずいるはずだ)。

昼に仮眠を取った後『グッド・ドクター』第4話を観て、そして『ラブ・オン・スペクトラム』第1エピソードを観る。先に書いたことを思い浮かべた。自閉症者を扱ったドラマやリアリティ・ショーが増えてきて、彼らのユニークな発想やかけがえのない個性に焦点が当てられる機会が増えた。どうして自閉症者の「型にはまらない」個性を受け容れるかが社会全般、言い方を変えれば多数派の定型発達者たちに問われている。だがもちろん、自閉症者もまた定型発達者たちにおんぶにだっこで済ませるのではなく彼らなりの自立(サポートを借りつつ、責任ある大人として振る舞う)が求められている。

夕方、スティーブン・ダルドリー『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観る。この映画も自閉症者を扱ったものであり、彼らがファクト/データを重視して(つまり彼らの主観/内観ではなく、誰もが呑み込みうる数字や客観的記述をベースにして)行動し喋ることが描写されている。平たく言えば、辞書に書かれていることを彼らは咀嚼することなくそのまま喋るようなそんな人間であるということが語られている。ゆえにユニークであり、そんな主人公のユニークネスをどう支援していくかが問題となる。自閉症者から見たこの世界の写像とはどんなものか。そんなことを考えさせる。

横道誠『イスタンブールで青に溺れる』を読み終える。自閉症者/発達障害者である彼が、何かに取り憑かれたかのように世界を旅して回ったその記録が書かれている。彼自身にとって関心のある文学が大量に参照/引用され、旅をした記録というより旅に絡めた読書ノートとなっている印象を受けた。その歪さが様々な意味で面白い。自閉症者は自分に関心のあること、思ってしまったことをそのまま口にする傾向がある。この本もそんな著者の素直さが大写しになった本であり、そのユニークネスを買いたいと思った。だが旅行記を求めて買った人にこの著者の膨大な文学への情熱が届くものなのかどうか、それを考えると不安になる。