Back To Life

Back To Reality

2022/05/13

シェリー・タークル『つながっているのに孤独』を読み終える。この本はインターネットの危険性について語っている。今や私たちの社会は常時接続が基本となっており、そのような社会においてはある意味ではインターネットが私たちをコントロールしている。だが、タークルはインターネットを拒むことを解決策/処方箋として提示するわけではない。私たちをみだりに依存症扱いせず、現実的な方策を提示しようと試みる。その穏当で誠実な議論のあり方に好感を抱いた。どうすればこの社会を生き延びることができるか、私自身も考えてしまった。

千葉雅也的に言えば「過剰接続」の社会。そんな社会をもたらしたインターネットには、確かにタークルのような論者が指摘するネガティブな側面もあるだろう。血の通った電話ではなく、テキストで全てを解決させる社会。ゲームが普及し、ひとりになれる時間が削り取られてしまった社会。私たちがアイデンティティを模索することを許さない社会。だが、私はそれでもそのようなネットを愛する。このインターネットがなければ私はジュディスさんやその他の貴重な友だちと出会えなかっただろうと思うからだ。ジュディスさんとの関係は決して「バーチャル」とは私は思えない。考え込んでしまった。

私が読書を好む理由についても考えさせられた。タークルの本には書かれていないが、もしかしたら読書を行うこともひとつの対策になるのかもしれない。本を読むことは私は、自分自身との対話だと思っている。そして、著者との(イマジネーションをベースにした)対話でもあると。読んでいると、LINEやメールの着信が喧しいリアルを離れて自分だけの孤独な世界に入ることができる。そこで自分を見つめ直し、自分自身を捉えることができる。タークルの書物をベースに読書の復権(?)について考えるのも一興かもしれない。

ネットとは、ある意味では私が理想の自分自身になれる素敵な場所かもしれない。だが、ネットでいくら理想の自分自身になってもそれが現実に反映されるとは限らない。理想の自分自身を描くことにハマればハマるほど、現実とのギャップに苦しむことになる。そんなネットの魔性の世界をどう生き延びるべきか。タークルの本はそんなことを考えさせてくれる面白い本だと思った。テクノロジーに自分自身の主体性を預けてしまうことなく、自分がどうネットを使いこなしていくか。そんな視座からもう一度自分のネットとの付き合い方を考え直してみたい。