跳舞猫日録

Life goes on brah!

2022/03/21

保坂和志『未明の闘争』を読む。保坂和志の世界は一作ごとに進化/深化しており、そこに頼もしさを感じる。男たちのホモソーシャルな戯れがあり、女性たちへのエッチな思慕があり、猫や世界の神秘をめぐって思索が織り成される。綿密に描かれる公園の風景の描写が圧倒的で、世界はこんなにも豊穣な情報量を含んで成り立っているのかと唸らされる。保坂和志は本当に世界をよく観察している、と思った。個人的な読書体験から引き合いに出すならル・クレジオサルトル『嘔吐』が思い出された。あるいは津原泰水『ペニス』のような作品とも微妙にリンクすると思う。的外れだろうけれど。

その後古井由吉『連れ連れに文学を語る』を読む。古井由吉はこの対談集の中で木田元養老孟司蓮實重彦といった一流の知性と対等に切り結んでいる。古井由吉の言葉を読めば彼の創作の謎というか神秘がわかるかと思ったが、この本を読み進めてもわからないままだ。わからないままに、私はまた『野川』や『聖耳』を読み返すのだろうと思う。ストイックに自身の記憶をまさぐりながら短編を生産し続けてきたこの著者の粘り強さに改めて畏敬の念を感じる。この著者もまた、保坂和志と同じように進歩し続けた作家だと思った。

これが人生なのだろうか、と思った。本を読み始める前は、自分はただ死ぬまでの暇つぶしで本を読んだりいろんなことを考えたりしている、と思われて憂鬱になっていた。だけど『未明の闘争』を読み進めると言葉が面白いように頭に入ってくるので、この読書のために生きているように思われてきた。頭で「人生とはなんだろう」と考えるのも大事かもしれない。だが、ともあれ実地で人生を生きてみて傷だらけになりながら満喫することも大事ではないかとも思う。リアルは途方もない豊穣な体験を私たちにもたらしてくれる。

それにしても、本を読んで自分はどうしようとしているのだろう。人からは勉強していると思われたりもするみたいだけど、私は勉強するという意図はない。ただ、酒を呑んだりテレビを見たりするのが自分にとってしっくりこないので本を読んであれこれ考えているだけで、他にできることもないからこんな時間のすごし方をしているというのが正直なところだ。それでも長くこんなことを続けていればそれなりに自分のスタイルができてくる。それが人生というものなのかもしれない。図書館が開いたらまたハイデガーの解説書でも読んでみようかな。あるいは『存在と時間』をパラパラとめくってみるのも面白そうだ。