犬は吠えるがキャラバンは進む

The Dogs Bark, But The Caravan Moves On.

2022/06/15

今日、断酒会の席で幸せとは何だろうという話になった。私自身は、かつてはいい大学からいい会社へ、という幸せを心のどこかで信じていた。実に世俗的な幸せだ。だからこそ、いい会社に入ることができなかった時に落胆も激しく、そのまま死を願って酒を呑んだわけだ。今は私はそんな幸せより、自分自身が本当に幸せと感じることを選ぶ。それはつまり古井由吉フェルナンド・ペソアを読んでいる時に感じる幸せでありグループホームの食事をいただく時に感じる幸せである。それでいい、と思える自分自身がここにいる。

今日は2人の方とお会いする機会があった。1人はZOOMで、もう1人は市役所でお話しさせてもらった。どちらも私自身の職場の環境のために奔走しておられる方だ(改めてありがたく思う)。そのうちの1人の方が、私はもっと自信を持ってもいいと仰った。「今の3倍くらい自信を持っていい」と。私はすでに持っているつもりで、これ以上自分を大きく見せる必要もないように思っていた。いや、もっとビッグになりたい欲と完全に無縁というわけではない。もっといい暮らしをしたい、もっと文章を世に広めたい、とは思っている。それは今でも変わらない。だが、そんなにドカンと幸せが降ってくることは夢見ていない。いや、世の中には一夜で運命が変わった2007年M-1覇者サンドウィッチマンみたいな人たちもいるわけだが。

かつては心のどこかで、スタジオジブリの『天空の城ラピュタ』のように「美少女が空から降ってくる」というシチュエーションを夢見ていた。自分の文章が出版社かエージェントの目に留まり、そのまま書籍化、そしてベストセラーへ……多少なりとも本を読むことで出版業界を知った今となってはこんなことは噴飯物と骨身に沁みて思い知ったのだけど、そんなことを信じていた時期もあったのである。今は立川談志に倣って「この現実の境遇は正解だ」と思っている。私はすでに相応しい読者を得て満足している。そして、ここから少しずつ大きくなればいい、と。「あせらずに、大きな答えを出す」(フィッシュマンズ)。

今日は古井由吉『魂の日』を再読した。フェルナンド・ペソア『不安の書』も読み終わった。我ながらよくやるよ、と思う。これからどんな人生を過ごすにしても、たとえものにならなくとも私は読書をするのだろう。「また特別給付金が振り込まれないかなあ」とか、「ベーシック・インカムで毎日遊んで暮らしたいなあ」とか言いながら……それこそ小沢健二大江千里を聴きながら夏の訪れを楽しみ、英会話を楽しみ日々の読書を楽しむ。そんなちっぽけな日々の楽しみ、だけどサステナブルな楽しみをこそ私は生きたいと思っているのだった。それこそが「終わりなき日常を生きろ」(宮台真司)ということだろう、と。