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Back To Reality

2021/10/12

女性たちについて書いてみたい、と改めて思った。小学生の頃、あるいは中学生の頃。私はずっと女の子たちに嫌われて、笑われてすごしていた。愛されるということ、好かれるということを知らないですごした。後になって「自分から愛しない人が愛されるわけがない」と言われたのだけれど、愛されたことがない人間が愛せるものだろうか。DVなどに遭って愛される経験を知らない人は、自分が受けた体験と同じことを子どもにさせてしまう傾向があるという。虐待の連鎖というやつだ。私も同じように、愛しているつもりで自分が受けたいじめと同じことをしていないだろうか。

Discordのチャットで、私は「勇敢な人」だと言われた。勇敢……朝になると仕事に行くのが億劫になって、職場から逃げ出したいと思う自分は勇敢などではないと思う。とても弱い人間だ。だが、その弱さをごまかしたくないと思う。強さを気取るようなことはしたくない。虚勢を張りたくない。別の人からは「繊細な人」と言われた。そっちの方は思い当たるところがある。もっと強くなれ、と言われたこともあったが私はこのままの自分を受け容れたいと思っている。人一倍弱い、軟弱な自分をそのまま認めたいと思っている。

片岡義男日本語の外へ』を読み終える。非常に面白い本だ。どこを引用しても面白い議論が生まれそうだと思う。日本語の世界は関係に依存した言葉から成り立つものだ、という指摘が興味深かった。対等の個人が自分の意見をぶつけ合い客観的な真理を目指す英語と違って、日本語はその場の関係をどう調整して「和」を目指すかが問われてくるという(片岡義男は「和」という言葉を使っていないが)。むろん、その「和」があるからこそ日本社会は平和なのだと思うのだけれど、私はその「和」からこぼれ落ちてしまうアウトサイダーなので、悩ましいと思ってしまう。

「和」か……私は子どもの頃からどこへ行っても「和」を乱す人として見なされてきた。いじめにも遭ったし、総スカンを食らったりもした。会社でも私は鼻つまみ者だ。かと言えば、私はさほど気にしてもいないのに私のことを好きになってくれる人が現れたりする。「ナイスだ」と言われる。それがわからないので困っている。何度書いても足りないが、実際の私はもっと子どもっぽい単純な人間だ。エッチなことだって考えるし、「働きたくないでござる」と思いながら生きている怠け者にすぎない。そんな46歳の中年男でしかない。