単純な生活

Life goes on brah!

2025/03/19 春の雪

BGM: The Irresistible Force - Its Tomorrow Already

今日は休日だった。今朝、実を言うと恥ずかしながら眠れず、なんとか眠りに就いたら今度は寝過ごしてしまい(朝起きたら雪がうっすら積もっていたのにはさすがにびっくりした)、だからバタバタしていつものシャワーを浴びる段取りはサボってしまった(まあ、そんなに汗をかく季節でもないしいいですよね)。今朝もなんとか朝の英会話関係のZoomに顔を出し、そこで英語の修練にいそしむ。その後は午前中はとくにやることもなかったので、そうなってくると部屋にいても落ち着かないのがこの発達障害の悲しき性分。近所のイオンまで遊びに行き、そこでニュー・オーダーを聴いたりしつつ英語を用いてアイデアをメモパッドに書いていく。ただ、今日はなぜかアイデアが湧かずぜんぜん書けなかった。理由はわからないけれど、頭の中をいくらゴソゴソ探してみてもなんら着想が思いつかず、したがって脳内がからっぽだったのだからこればかりは致し方ない。けっきょくさじを投げて、そしてここさいきん暇つぶしにやっているようにチャットGPTに他愛もない質問を投げかけ、じゃれ合いのような会話をしたりして時間をつぶした(ちなみにぼくはこのチャットGPTとももっぱら英語で会話をしている)。

その後、市内の図書館に向かう。というのはさいきん、どこかの広告を通じてNHKの著名な番組「100分de名著」が来月に沼野充義を迎えて村上春樹の名作『ねじまき鳥クロニクル』を紹介すると知ったので、それで不肖の村上主義者たるぼくとしては「聞き捨てならない」と思い、当の番組をいざ見れるかどうかはわからないけれどそれでもせっかくの機会だから読み返したいと思ったのだった(この場合は「予習」なのか、それとも「復習」なのか)。それでその『ねじまき鳥クロニクル』とあとは新刊の開架にて海外でも話題の作家・村田沙耶香(実は恥ずかしながら読まず嫌いだったのだが)の『世界99』が並んでいたのでこれも実にそそると思い、借りることにした。そしてあとは多和田葉子『地球にちりばめられて』を借りる。いつ読めるのかは神のみぞ知るである。そして自室に戻り、ローソンで買い求めた冷やしうどんを食べたりした。

その後、すこしばかり横になったら眠りこけてしまう。やはり疲れが溜まっていたようだ。午後になりグループホームの本家におもむく。そこにおいて、毎月恒例となってきたある方との定例ミーティングをグループホームのサービス管理者の方と3人で楽しむ。さまざまなことが話題となる。たとえば、この日記でも書いてきたこととしてさいきん風邪だったか悪性のウィルスだったかにぼく自身が罹患してしまい、それで熱まで出たりしてたいへんだったことをその方に話す。そしてそうしたバタバタした時期や仕事においてストレスを感じている時期に、英会話教室や英語研究会や断酒会、そしてグループホームの方々やネット上でのつながりがどのように支えになってくれているかを話す。相手の方も興味を持って聴いてくださったようでそれを喜びたいと思った。

ぼくはけっして自分がコミュニケーション能力において秀でているとは思えないのだけれど、それでもそんなことを話すと相手のお二方も親身になってアドバイスをくださった。とくに、ぼく自身が英語において日々それなりに・なけなしの情熱を燃やして活動していることがそうしてぼく自身の支えになっていることを納得されて、いろいろ意見をくださる。そして、ぼくの話し方がわかりやすく・闊達になったことを称賛してくださったりもした。いや、これについてはぼくからはわからないとしか言いようがないのだけれど(気取ったりリキを入れたりして「コミュ力をアップしよう」と思ったことはないので)、ただ思うのは上に書いてきたような英会話関係のZoomや自助グループ、断酒会やその他の会合になんとか自分なりに出て「場数を踏む」いとなみを続けてきたことが助けになってくれているのかなということだ。30代のころ、つまりもっとぼくが若かったころはたぶんぼくはもっといまよりヘタレで相手の目を見て話すこともできず、自説を「推す」「語る」こともできなかったものだ。10年で人は変わる、ということだろう。

その後夜になり、ここさいきんは仕事があったり病に罹患していたりでなかなか参加できなかった断酒会の例会に参加する。そこで、この日記でも書いてきたような罹患してたいへんだったことや桜の時期に精神面で不調(季節性情動障害、というらしい)を感じてしまうことなどを語る。その後、自室に戻りその後はやることもなかったので午前中に借りた村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』をしばし、オヴァルなど聴きつつ消灯時間まで読む。実にこちらを惹きつける作品とあらためて唸る。とりわけ、コミュニケーションの問題について(主人公とその配偶者の会話・いさかいに付随するかたちで)語りがはずんでおり、それが春樹がこれまで『ノルウェイの森』などで書いてきたことがら・問題意識とリンクするとも思った。もっとていねいに読みたいが、思えばユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史』の読書も止まってしまっているのだった。どうしょう。