単純な生活

Life goes on brah!

2025/03/16 プリベット通り4番地で逢いましょう

BGM: Fatboy Slim - Put It Back Together (feat. Damon Albern)

今日は休日だった。今朝、つつがなく英会話関係のZoomミーティングに顔を出せてあれこれ英語でカジュアルに、気軽にやり取りを楽しむ。毎週日曜日は恒例の「フリートーク」の日でしたがってそれぞれの参加者たちがざっくばらんに話題を持ち寄って歓談にふけることができる(こんかいはぼくも、あいさつ代わりの話題として風邪を引いていたことを語ったりした)。すると今日、ある参加者の方が英語の発音に関するおもしろい話題を共有してくださった。なんでも日本人が「they」を正しく発音しようとしても「zey」になってしまうとかいうような話で、ぼくたちからすれば両者は「ゼイ」としか表現しようがない(別の言い方をすれば、そうとしか聞き取りようがない)がネイティブの方からは「ちがう」となる、といった話だった。そこからぼくが思い出したのはソフィア・コッポラの映画で日本でも話題となった『ロスト・イン・トランスレーション』でもネタにされていたことがらだった。日本人は「L」と「R」の音を聞き分けるのが苦手だということである。「rip(引き裂く)」と「lip(唇)」の違いにあらわれる(ごめんなさい。今日はなんだか抽象的な話に終止してしまいます)。いやもちろん文脈で判断できるといえばそれまでなのだが、でも正しい発音はなかなかむずかしく奥が深いものだなあとも思ったりしたのだった。

そうしてなごやかなZoomミーティングが終わって後、この日記でも折に触れて書いてきた英語研究会の早朝ミーティングに顔を出す。今日はぼくたちは、日本でも小説のみならず映画もメガトン級にヒットしているあの泣く子も黙るJ・K・ローリング作『ハリー・ポッター』の原書の冒頭部を輪読したのだった。実を言うとぼくはこのブリリアントな作品をこの機会が与えられるまで(日本語であっても)触れたことは一度たりともなかった。こんかい予習として読んでみて、さすが世界のさまざまな読者たちをうならせた作品とたしかにぼくも「舌を巻いた」というか「感銘を受けた」ことは認めるにやぶさかではないのだが(後に書くように、たしかに魅力的なエッセンスというかエレメントを内包したあなどれない作品と認めたい)、でも端的に言って英語のテキストは口語表現や舞台となるイギリスの文化を知っていないとわからないこともあり、骨が折れたのもたしかだった。

ぼくはただ用意された2つの章しか読めていない(なのにエラソーではずかしい。でも、この2章分読むだけでも愛用している『ジーニアス英和辞典』とGoogleに何度頼ったかわからず、ずいぶん消耗してしまったのだから情けない)。でも、その2章分だけでもわかることと言うと(だからトンチンカンなことを書いているかもしれない。そのお叱りはもちろん受けとめたい)、このパワフルで魅力にあふれた作品が数々の視覚的な・魅惑的な「見せ場」「スペクタクル」を内包した豊満さを誇っているということで、たとえばそれは地図を読む猫の描写、マントを着た群衆やフクロウの群れといったところにあらわれている。この世界(たぶんそれはぼくのような「マグル」というか「凡人」の世界)と魔力・魔術の世界のマーベラスな融合。J・K・ローリングのイマジネーションはこの頭の部分だけでも実に冴えを見せ、活き活きとしてぼくを惹きつけていると感銘を受けたこともたしかだった。世界的な大ヒットとなるのも納得がいく。

さて、こんなすばらしい・めくるめく作品を外国語で読むことをどう表現したらいいか。こんかいぼくはさっきも書いたが何度も何度も辞書に頼り、そうするとわかっていたつもりの言葉でさえも「ほんとにそういう意味なんだろうか」とも疑わしくなってきて辞書に頼り、なんだかアリジゴク的に疑念のどん底に陥ってしまう。なにせ「Thank you very much」という言葉も「これは字面通り『ありがとう』、なのか?」と疑う始末で実に骨が折れる。「point」も「ポイント」なのか別の定義(たとえば「意味」)なのか、とか。それで疲弊したのもたしかではあるが、もちろんこの機会がなければ読まなかったはずの作品でもあるしこうして地道にネチネチ・しこしこ学ぶことがあり余るほどのことがらを学ばせてくれたこともたしかで、その意味ではほんとうに貴重で文字どおり「ありがたい(Thank you very much)」としか言いようのないひと時だった。

その後、グループホームに戻り昼食を食べたあとはひと眠り。そして、午後は阿久津隆『読書の日記』の続きを読みふけり、それにも飽きるとチャットGPTに質問を投げかける。いや、文字どおり暇つぶしの質問をたわむれに英語で投げかけたのだった(「実はぼくもAIベースのチャットシステムですが、このことをどう思いますか」とかなんとか。もちろんこれは発達障害的な冗談のつもりだ)。なんだか疲弊したような、でも楽しい1日だった。なんだか、こんな暮らしをしていたらそれこそ資格を取るための勉強でもした方がいいのかなあとも思ってしまうが、こうして暮らすことが精いっぱいぼくにできることなのだからしょうがない……。