単純な生活

Life goes on brah!

2025/02/03 BGM: New Order - The Perfect Kiss

今週のお題「10年前の自分」

実を言うと今日は遅番の予定で、今朝そのための用意もととのえていた。しかしながら、ふとそれまでめったに感じたことのないめまいがとつぜん襲ってきて、それであたふたしてしまう。体温を測ろうにも体温計がなく、またこうしたことはなにはなくとも報告しておくべきだろうとも思ったこともあってグループホームの本家に行く。すると、管理者と副管理者の方々が出勤しておられたので体調について話す。するとすぐに体温や血圧、脈拍を調べてくださった。はっきりした異常のサインは見られなかったが、またこうしためまいが運転中に襲ってきたりするとと思うと心配になる。明日こそ万全の体調で仕事にのぞみたいとも思ったりしたので、けっきょく今日は休ませてもらった。

その後グループホームに戻って、それまで着込んでいた服を寝巻きに着替えなおす。ローソンで買った昼弁当を食べて後しばし眠り、午後はそんなこんなでまだめまいが残る中(とはいえ、さすがに眠ったことが功を奏したのか軽くはなった)ベッドに寝そべって過ごす。図書館で借りていたズラータ・イヴァシコワ『ウクライナから来た少女 ズラータ、16歳の日記』をひもとき、そして読みふける。この本はタイトルが示すとおり、ウクライナから戦時下を日本まで避難してきた少女によって書かれた日記形式の書物だ。日本語という言語や、あるいは太宰治・アニメ・漫画といった日本文化を愛好する彼女がなしとげたこの逃避行を可能にさせた情熱に、さしものぼくも舌を巻く。1人の人間の中にここまでのことを可能にさせるパワーが眠っているとは。

この日記でも書いてきたとおり、ぼくはふだんはウェブツール(?)であるDiscordで英語学習にいそしんでいる。たくさんのユーザーたちがそのDiscordで日本語を学んでいる事実に直面し、あらためてエラい時代になったものだと感服する。たとえば10年前(ああ、ちょうどぼくがジョブコーチと出会い、そしてその方から薦められて英語学習をやり直し始めた年)、世界でこんなおもしろい・意義深い現象が起こっているなんてわかるわけもなかった。そして、ぼくも実にマイペースに「じぶん時間」を自己学習に宛てているが(ただ英語でのんべんだらりチャットしているだけだという説もある)、なにはともあれそんな自己学習によって人生がホットでスパイシーになったというか、旨味を持ち「張りのあるもの」「生きがいのあるもの」になったとも思うのだ。ズラータの勇気ある・誠実な姿勢を思い、戦火を乗り越えパンデミックにもめげずチャンスをつかんだその境遇を祝福したいとも思った。

そんなこんなで夜が来る。夕食にマグロの柚子胡椒マリネをいただいた後、ある友だちがWhatsAppでメッセージを送ってくれたことからしばしやり取り。ぼくはいま、生まれ育った町からさほど離れていないある田舎町に住まい、そこで日々平穏に暮らしている。子どものころは、この町には映画館もなくぼくにとっての娯楽と言えばレンタルビデオ屋かあるいは図書館かくらいで、だから映画を観る機会にもなかなかめぐまれなかったことを思い出す。いや、それでも『となりのトトロ』『魔女の宅急便』程度のジブリのアニメを観たりしたことはあったが、カジュアルにぶらりと映画館で映画を楽しむなんて大学に入らないと(つまり、ハタチ頃まで)できなかった。そんな話をその友だちとしたりした。いや、いまはお金を支払いインターネット環境が万全であればNetflixなどの動画配信サービスで映画を楽しめる。これもいい時代になったものだ。

そうした現象はぼくにとって歓迎できるものだ(だが、なかなかぼくの場合発達障害特性のため「じっとして」映画を観られなかったりするのだったが)。時代は変わる。いまでは、もっぱらぼくのなんちゃって英語でDiscordで英語という言語そのものや村上春樹の文学、はたまた政治まで語っちゃったりしている。そんなことをあれこれ考えたりもした。その後、なぜか理由はわからないけれど最初期のニュー・オーダーの珠玉の楽曲群(とりわけ、『ムーブメント』『権力の美学』におさめられた曲たち)を聴きつつのんびり過ごしたのだった。めまいはもう残っていない。なので明日は今日残した仕事をまたこなすことにしたい。