そもそもいつから春樹とのこのつきあいは始まったのだろうか、とあれこれ考えてみる。すると、1990年代にぼくが10代だった頃のことまでさかのぼることになる。当時のことはいまとなってはさすがに仔細には思い出せないが、でもたぶん主流で幅を利かせていたポップミュージック(ドリカムやB'zなんかですね)や文学や漫画について「なじめない」「なんか違う」と思って、でもその感覚・感情をうまく現在において流行っているタームで言うところの「言語化」「可視化」できず飽き足りない思いをしていた思い出がよみがえる(でも、一方ではぼくはその面ではある種「奥手」「ヘタレ」なところもあったので勝手に古典に対して「古くさい」「ハードルが高い」と決め込んで結局太宰も安吾も読まず暮らしていたのだったが)。16の時、となりに座っていた鼻持ちならないクラスメイトが村上春樹の『1973年のピンボール』を読んでいたことがぼくの関心を引き、読ませてもらったことから(大げさになるが)新世界の扉が開いたのだった。そしてぼくは『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』といった珠玉の作品群を読みふけり、没頭していく。当時のことをついついこうやって書きつつ思い起こしてしまう。ああ、あれは(まだケツの青い若僧だった時期だったとはいえ)実に情熱的な読書だった。
そうしてひとしきりメモを書き終えた後に、グループホームの本家に赴いてそこで1週間分の生活費を受け取りに行く。その後、先日市から届いたなんとか給付金(物価高騰のあおりで得られる定額給付)のことを確認したりする。そしてそれも済むと弁当を食べ、しばし一服してくつろいで(くつろぎすぎて昼寝までしてしまった)、市内にあるブックカフェに行ってオーナーの方とお会いする。絵のことを話し合い、コーヒーをいただきLINE交換をさせてもらう。そしてそれも済むと夕食までまだ間があったのでなんとなくイオンに行き、イオン内の未来屋書店をとくに買うものも決めずに散策しているとさいきん気になっていたマイケル・サンデルとトマ・ピケティの共著『平等について、いま話したいこと』が並んでいることに気づき、さっそく買い求めてしまう。
そうこうして休日らしくのんべんだらり時間をつぶした後に、夕食の時間になってグループホームに帰宅する。そこで、晴れて恵方巻をいただく。今日は節分であり、日本人は幸運を祈り邪気を追い払うために豆を撒いたりこうした恵方巻をいただいたりするのだった。恵方(願を掛ける方角)は西南西だというが、調べてみるとうっかりしてそれこそ背中というかおしりを向けてその恵方巻を食べてしまったことが判明し、なんとも幸先の悪い節分となってしまう(発達障害ゆえのスットコドッコイがロコツに出たひと幕である)。だが、なんにせよキンパ的な美味しい恵方巻を丸かぶりしてお腹を満たした後にさっき買い求めてしまったサンデルとピケティの共著『平等について、いま話したいこと』をひもとく。
ぼくはサンデルは『これからの「正義」の話をしよう』『実力も運のうち』などをそれなりにかじったことはあるが、ピケティにまでは手が回っておらずしたがってこの本ではじめて彼の主張に分け入っていくこととなった。この両雄が語る実にスマートでムダのない世界情勢の整理について、ぼくはかならずしも万全にフォローできたとはいいがたい。もっとぼくなりに学習・勉強の余地があろう。だが、そんなぼくがこんかいの初読で雑に感受したのはサンデルがどのようにしてぼくたちのあいだにある「分断」(つまり、ぼくたちの意見や価値観の深刻で致命的な相違)を乗り越えて「共通善」を構築するかをさぐっていることであり、ピケティもそのサンデルに応えて異論をぶつけつつ資本主義をコントロールして具体的な生活の豊かさにアクセスした処方箋を書き出さんとしているのかなあ、ということだった。いや、もっと読み込まないといけないのだが。齢50にしてこうして学ぶというのはなにはともあれいいことだろう、と自画自賛して終わった。
