なるほど……いまならぼくは西部の語っていることがわかる。いやもちろん、ぼくにだって言い分というか異論は部分的にある。でもこのことについて言えば、こんな疑問も湧いてくる。10代の頃にこの本を読んでいたらどうなっていたのだろうか。ぼくはこの西部の言葉を受け容れられただろうか。いや、無理だっただろう。
この日記でもしばしば書いてきたのだけれど、10代の頃は他のクラスメイトたちから隔絶して生きていた(というのはぼくはひどくそうしたクラスメイトたちから嫌われていたのだった。この発達障害のせいで。まだ多様性が謳われる前の頃のことである)。もしそんな時期に「きみは人に支えられているんだよ」なんて言われていたら、あるいはぼくはその人を殴っていたかもしれない(もちろん許されないことではあるにしても)。ならば20代や30代の頃はどうだったか。
40になり、この町に存在しているオフラインの断酒会の例会に顔を出すようになった。そこでぼくは他の会員の方にぼく自身の経験を語るようになる。同時に、毎月恒例の発達障害を考える会の会合も始まった。それらに加えて、インターネットを使って他人と英語を学ぶようにもなった。こうしたアクティビティはぼくがやっている共同作業(「コラボ」というやつだ)が実に貴重なものであることを教えてくれてきた。たしかに人の存在・つながりとはかけがえのないものだ。
たぶんにそんな過程を経て、いまぼくの意見(ひいてはぼく自身の本能というか生理感覚)はたしかに徐々に変わってきたのだなあと思う。昔はぼくはユニークすぎて(ああ!)他人に理解されず気にもかけられないのだなと信じ込んでいたのだった。まあ、残酷な事実として思うのはぼくはそんなに変ではないということだ。わかったのは、ぼくはただのどこにでもいる「おっさん」「クソオヤジ」だということ。でも、この単純で貴重な事実を受け容れる。そんなぼくの生は他人にずっと支えられてきて、いまもつながりによって支えられている。ジョブコーチ、友だち、そしてあなたからも。