跳舞猫日録

Life goes on brah!

2023/07/03 BGM: Billie Eilish - Getting Older

今日、晴れて48歳になった。休みだったので朝、総合病院に行く。そして先生に会い、自分の精神状態について話す。この「ドクターとの信頼関係をいかにして結ぶか」という問題についても自分は苦労してきたことを思い出す。かつて、ぼくは先生に対して過大に期待していたフシがあったとも思う。「とにかくドカンと薬を出してくれ、そしてぼくを救ってくれ」というように。その一方で「どうせどんなにこちらが悩みを言っても、あなたは『ハイハイ』と『仕事』で処理するんでしょ」「1度も生活費に困ったことなんてないんでしょ。医者はサラリーもいいだろうし」なんてことを心のどこかで(いや、「心のド真ん中」で)考えていたとも思う。そう思うと実に自分はひねた、いやらしい患者だったなと思ってしまう。薬を出すにせよアドバイス(効く言葉)を出すにせよ、医師ができるのは患者をサポートすることがメインだ。そこから先、つまり「人生を実際に生きる」のは患者の役目なのだ。そう思うと過去に甘ったれていた自分を思い出す。実に汗顔の至りだ。薬をもらった後、LINEなどでお祝いのメッセージをたくさんいただく。涙がこぼれそうになった。綾波レイみたいだ。こんな時どんな顔をしたらいいのかわからない……。

マイルス・デイヴィス『クールの誕生』を聴きながら(分かる人だけこのチョイスというかタイトルにニヤッとして下さい)、今日の読書は磯野真穂・宮野真生子『急に具合が悪くなる』を読んだ。この本はガンで闘病を続けた哲学者・宮野とその彼女に真摯に答える人類学者の磯野の往復書簡で、実に読ませる1冊だった。ガンに侵されるというのはもちろん、「不運」な出来事である。だが、宮野はその運命を「不幸」とは思っていないと記している。これは実に毅然とした、「闘争」の「宣言」ではないかと思った。「不運」な出来事は確かに誰の身にも起こりうる。ぼくの話をするなら、ぼくが発達障害者として生まれてきたことも多分に「不運」な出来事であるだろう。だが、それを「不幸」な出来事として位置づけるかどうかはぼくが決められること、ぼくの解釈や考え方に由来/依存することである……と書くとなんだか自己啓発/セルフヘルプの書物が教えるポジティブ・シンキングに似ているかもしれない。確かにこの本はそうしたポジティブ・シンキングに導いてくれる本だが、同時に「コクのある」深みをも備えていると思った。

それはどうしてなのか考えるのだけれど……まだ1度だけ読んだきりなので見つからない。この本はぼくが一生かけて読み込むべき本ではないかと思う。だけど、この本から学んだのは確率的に「不運」に陥ることがあるとしてもぼくは(村上春樹的な命題/テーマになるけれど)、そこから何かを学ぶことはいつだって可能だということだ。そして、そうして学んだことを手がかりに言葉を紡ぐことも確たる軌跡/ラインを描いて生きることだって可能だということも。現在では発達障害者の割合は10人に1人くらいらしいけれど、そうしたことがわかっても「じゃ、何でよりによってこの『ぼく』がそう生まれたんだ?」という疑問・苦悩は消えやしない。かつてのぼくならそうした「不運」を嘆き、そこから「ぼくは発達障害者としてこの生を絶望とともに生きるしかないのだ」といじけて、自ら「不幸」に陥っていたと思う。この本でも指摘されているけれど、起きた出来事を消化する際にそうしていじけてしまうことが不幸の始まりなのだろうと思う。でも、そうしていじけずに前を向いて歩くのもしんどい。どうしたらいいのだろうか。これもぼくにとって「永遠のテーマ」になりそうだ。

いつもぼくはこの日記で「BGM(つまり『今日の1曲』)」を思いつくのに苦労しているのだけど、今日はふとビリー・アイリッシュを聴いてみたくなってこの曲「Getting Older」にたどり着いた。この曲の中でビリーは辛辣に、トラウマ的な過去を語りすぎることの愚を撃っている。「And maybe that's the reason every sentence sounds rehearsed(多分それが原因ね……何もかもがまるでリハーサルみたいなの)」。つまり、語れば語るほど「トラウマ語り」は洗練されていき本番前の予行演習になり、したがって嘘くささを増していくということだ。もちろん、それは一方では致し方ないところもある。語り続けることがそうして「リハーサル的」になりその人だけの力強い「ライフストーリー」「自叙伝」を形成することになるのなら、明らかな嘘が紛れ込まない限りにおいて「いいこと」「なすべきこと」とさえ言えるのかもしれない。だが、このビリーの辛辣な視点、つまり「求められるからそれに応じて嘘をついてしまう」「自分の嘘に慣れてしまいよりいっそう話を盛ってしまう」「自分のトラウマ語りが『芸』になってしまう」ことへの危惧の意識は心のどこかで(いや、これも「心のド真ん中」で?)保っておきたいと思った。ビリーのこの曲の歌詞と対訳はこちらのブログが参考になる。

http://oyogetaiyakukun.blogspot.com/2021/09/getting-older-billie-eilish.htmloyogetaiyakukun.blogspot.com