2022/10/25

とあるブログで「中年の危機」について語られているのを読み、私も自分自身のことを考える。若い頃はただ好きということを原動力に生き、世界にあふれる未知のものに胸をときめかせていられた。その情熱を原動力にバカなことを後先顧みずやって楽しく生きてこられた。私の若い頃は酒の力もあってそうして無軌道に生きていられたのだけれど、流石にこの歳になってみるとそんなバカをやってばかりもいられなくなる。社会において責任ある立場に立ち、下の世代にお手本を示さなければならないからでもある。そして、目にするものも過去のバリエーションであるとわかってきてときめきがなくなった……そんなことを考える。

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私は無理にときめきやきらめきを追い求めることがいいとは思わない。無理に日々をキラキラした輝きで彩ろうとするより(そうして無理をすると、カルトにハマってしまうのではないか?)、まずは宮台真司言うところの凡庸な、だが貴重な日々が続く人生をそれ自体として受け容れ、生き抜く大人の知恵を身につけるべきではないかと思う。幸いなことにと言うべきか、私はそのような大人の知恵を小津安二郎の映画などを見て体得することができた。欲を言えばきりがない。現状を肯定して、祝福して慎ましく生きていこう。そんな美学を自分も自家薬籠中の物とすることができた、とは言えるのではないかと思う。

私は英語を学んでいる。英語学習は終わりのない、がゆえに終生打ち込める娯楽であると信じている。英語で様々な文献や記事を読み自分自身を高め、その自分自身を他人に向かわせることで他人とさらに高度なコミュニケーションを行う。英語学習を始めたきっかけは私の場合翻訳家になりたかったという安直なものに過ぎなかったのだけれど、今はWhatsAppやMeWeやDiscordで他人とコミュニケートできて幸せに暮らすことができている。英語を学ぶことを私が万人に薦めるのは、その英語があなたの生活の壁に風穴を開けると信じているからである。まずは「ハロー」から始めてみてはどうだろう。

今日は仕事だった。休憩時間、私はキセルという日本のグループの音楽を聴いて過ごした。実にスローでファニーな音楽を奏でるグループで、私自身彼らの音楽が呟くようなスローライフを送っているなと思わされた。ガツガツしたライフハッカーとは無縁に、女性にも栄光にも、お金にも欲望にも縁がなくぼんやりと生きている。それでいいのかもしれないな、と最近では思いつつある。生きている間身を焦がすようなロマンスのひとつも体験してみたいと思わなくもないが、私のキャラクターだとそんな濃密なロマンスを体験したら破滅するのがオチなのだろうな、とも思ってしまった。