毎度ながらぼくの話になるが、20代・30代をビールの海に浸かったような生き方をして呑んだくれていた頃、クラスメイトや教師たちにそれこそ「復讐」を誓ったりもしたのだった。実はいまでも心のどこかでそんな「あいつらを見返すのだ」という思いは、石にこびりつく苔のように残っている。子どもじみたこんな強迫観念はいつ消えるのか。永遠に消えることはないのかもしれない。
言い換えれば、ある意味ではぼくは自分で自分の檻の中に閉じこもって悲劇的に生きていたという、実に「情けない」事実があったとも言える。強迫観念に取り憑かれ……そして復讐まで思い余る、というように。このことで、どんなきれいな嘘もつきたくない。希望や夢も語れないし、ポジティブなストーリーなんて描けるわけがない(成功者としてウハウハな人生を歩んではいないのだから)。ここまで書いたものを読まれたら察せると思うけれど、ぼくはただの凡人。才能だってそんなにあるわけがない(このことに関して、繰り返すが「嘘はつかない」)。ただ、運が良かった日本の発達障害者だという話だ――いまだにストーン・ローゼズを聞いて悦に入る中年。
そう、ぼくは運が良かった。それだけだろう。40歳で出会いがあり、そこから交友関係を始められコネクションを広げられた。いまのジョブコーチやその他大勢の友だちと出会い、いまの発達障害の自助グループの始まりに立ち会った。ぼくが引き起こした出会いではない。奇跡だった――がゆえに、どんなキャッチーなライフハックやレッスンもぼくには書けない。ただ、こういう人生がありうるということを示すのみだ。
思い出す――あの頃、ぼくは社会的な勝者・勝ち組、もしくは革命家になるという(文字通り「日本を変える」というはた迷惑な)夢を持っていたのだった。ただ、自分が無力・未熟だという事実は認められなかった。直視できていなかったのだ。いま、そんな身のほど知らずな野望は捨てられたかなと思う。関心に惹かれるままに、英語を学び本を読む(時にはこんな哲学書を読んだりもする)。