跳舞猫日録

Life goes on brah!

2024/02/06 BGM: 井上陽水 - 夢寝見

この日記でもたびたび書いてきたことだけれど、いまのぼくの身分はあるデパートの従業員である。店の中をいつも、ここからあっちへこっちへとせわしなく歩き回っている(だからしばしば、1日の歩数は8000歩を数える)。そして商品が入った箱を西へ東へと運ぶのが仕事だ。勤務中、ぼくはこの脳をフル回転させていろんなことを考える。もちろんそれは基本的には仕事に絡んだことなのだけれど、同時にさまざまな夢想に浸ってしまうこともあるのだった。あるいは妄想やバカバカしい、島尾敏雄の言葉を使えば「夢屑」的なことがらを。

今日は早番だった(10時から5時まで)。ランチタイムに、いったい午前の仕事中に自分が何を考えたのか具体的に思い返そうと試みる。でも、まったくと言っていいほど何も思い浮かばない。考えたことはなんだか蜃気楼、あるいは茫漠とした夢のようにつかみどころがない。でも、たったひとつ思い返せたことならあるーー今日、ぼくは小学生の頃の目がくらんでしまうほど賢かったクラスメイトのことを思い出した。というのは、午前の仕事でちっぽけなポカをやらかしてしまい賢い同僚の方に指摘されて、それで「ああ、賢い人はやっぱり『違う』ものだ」と思い、それで連想してしまったのだ。40年前のことになるけれど、いまでも彼の名前や立ち居振る舞いを思い出せる。天才、神童……あるいはそれこそ怪物のようなクラスメイトだった(いや、谷崎潤一郎の小説のような話だけれどほんとうである)。

ほんとうに、すばらしくスマートな子だった。彼をしのごう、上回ろうと思って勉強したりしたけれど結局太刀打ちできず勝てなかった。そんなふうに彼に負け打ちのめされたことで(でも、彼からすればぼくがこんなセコいことを考えているなんて思いもしなかっただろうし、知っていたとしても「So What?(それがどうしたんだ?)」だったはずだ)、ぼくは人生において初めて「敗北の味」を味わったのだった。彼のみならず、ぼくは何人ものクールな・洗練されたクラスメイトたちに出くわし彼らの賢さ・スマートさに負けてきたことを思い出す。たとえばぼくに初めて村上春樹を教えた人、クラスでもっともチャーミングだった女の子(香水の匂いすら漂わせているように感じられたーー実際につけていたかどうかは知らないけど)、などなど。ごめんなさい! この話にオチはないです。面白い教訓にはなりえないですね。そして人生はつづくのです。

今日の仕事が終わったあと、またしても図書館詣でをして本を借りた(三島由紀夫大澤真幸『恋愛の不可能性について』、トルーマン・カポーティ『ローカル・カラー/観察記録』など)。その後、英会話教室に参加した。今日の話題はアメリカの食文化についてが主で、そしてそれに加えてどうやってファーストフード店でオーダー(注文)をするかといったロールプレイングだった。中途の休憩時間に、先生のうちの1人の方とさっき借りたカポーティの本のことを話す。もういまは閉じられた、せまくるしい教室から出られたのだなと思った。この広い、すばらしい世界へと。レッスンを存分に満喫した。