2022/09/24

高校生の頃、たまたま同級生の読んでいた『1973年のピンボール』を読ませてもらったこと。それが村上春樹との出会いだった。それ以来、今に至るまで春樹の本を(常に、ではないにせよ)読んできた。春樹より優れた作家は数多といる、とは思う。だが、彼は私にとって依然特別な作家であり続けている。多分次作が出れば買うだろうし、『ノルウェイの森』を超える濃密な読書経験は味わえないだろう。彼と同じ時代を生きられたこと、折に触れて彼の作品を読めたことは幸せなことだと思う。それは今でも変わらない。

明日、9月25日は私が今の会社に入社した記念日である。今から遡ること24年前、私は半年間のニート期間を経て医師の「社会復帰のために半年ほどやってみたらどうですか」という言葉を頼りに働き始めたのだった。それ以来、「他にやることもなかった」という消極的な理由があり、あるいは「ここが正念場だ。自分はダメな人間じゃないというところを見せたい」という理由がありで今まで頑張ってきた。結局出世とは無縁に生きてきて、ひょんなことから知ったジョブコーチの案件が実現しそうになる。何だかアンビリバボーな人生だ。

ああ、かつて仕事を変えることを考えた時に「語学はできないのですか?」と言われたことを思い出す。日本語を英訳する人がマーケットでは求められている、と言われて「できるわけないだろう。留学したこともないんだから」と匙を投げたこと……今から振り返ってみるとこれもまた信じられないことだ。今、私はDiscordなどで英語を駆使して表現している。できない理由に固執するのではなく、できるかもしれない可能性に賭けてとにかくやってみること。そういうスピリットも大事なのかもしれない。それくらい身の程知らずでちょうどいい、ということかな?

気がつけば47歳。世間一般の47歳はどんなことを考えて生きているのだろう。自分の人生の終わりを見定めて生きているのだろうか。キャリアアップや家族サービスを考えて……私はキャリアも家族を持つことも諦めて、ただちゃらんぽらんに生きてしまった。体力の衰えなどの老化を感じることもあるが(今日も小津安二郎の映画でも見直してみようかと思ったのだが、疲れて早々に眠ってしまった)、しかし気力の面では今も若々しいというか未成熟というか、年相応の落ち着きとは無縁にはしゃいでしまっている。なかなか年を重ねるのは難しいことだ。