跳舞猫日録

Life goes on brah!

2024/05/19 BGM: Masayoshi Takanaka - Breezin'

今日は休日だった。今朝、Discordで村上春樹について話がはずんだことから少しばかりある海外の方とチャットをする。するとその方が「あなたはおもしろい、クールな方だ」と言って下さった。おもしろいというのは、もしかしたらそうかもしれないけれど……ぼくにはわからない(わかりようがない)。そんなときは常にぼくは「ぼくはただのうすぎたない、うさんくさいおっさんにすぎない」と語る。これは端的に事実だ。こんな人、どこにでもいるはずだ。ぼくがこれまで出会ってきた数々の個性豊かな方々を思い出し、あらためてそう思う。

今日、Zoomで発達障害を考える会のミーティングに興じた。ぼくはこれまでお会いした数々の先生たちに関する思い出話のプレゼンテーションを行った。その席で、別のメンバーがZoomよりもDiscordを使ってみるのはどうかという提案をしてくださった。ぼく自身ここ数年Discordでいろいろ英語を学んだり発信したりしてきたのだけれど、その経験から得た知識をシェアしたりした。すぐにディスカッションが始まり、それはミーティングが終わってからもLINEで続けられた。実に濃い話になったと思う。

その後、図書館に行き本を借りる。日本の保守思想の泰斗の1人として名高い福田恆存の講演録『人間の生き方、ものの考え方』だ。この本の中で、福田は言葉が道具や物体でありうること、しかしその内側に精神的な要素を秘めた神秘的なものであることを指摘する。つまり、物体と精神の出会うところに言葉がある……いや、なんだかスピリチュアルというかオカルトめいた発想かなとも思うが、ぼくはこの考えを支持したい。理由はわからないけれど、ただぼくは言葉の力(「言霊」かもしれない)を信じたい。護符・お守りに秘められた力のように、それは「存在する」と信じる。福田はこうしたことも書く。ぼくたちがさまざまな概念(「平和」「人命」など)についていかにぼくたちが「それ以上深く」考えることを避けているか。いやもちろん、それらは大事な・貴重なことがらに違いないにせよ。こうした意見はもう「哲学」だと思う。いや、具体的に誰の哲学なのかまでは思いつかないにせよ。

今日はいい天気とは言えず、たぶんそのせいもあってかポジティブな心持ちを保てずゴロゴロして午後を過ごす。夜に、シガレッツ・アフター・セックスというグループの曲を聴きつつ三島由紀夫の日記『戦後日記』と上述した福田恆存の講演について考える。昨今、ぼくは過去のことを振り返ることが増えてきた。同時に、ぼくがいかに「日本男子」「男児」でありうるかも(こうした「男臭さ」をわざわざ確かめるのはあまり評判がよくないかなとも思うけど)。黒い髪、黒い眼(茶色かな?)日本語。こんな環境・特性のもとで生きてきたのだった。

過去、こうしたエッセンスを持ちうる自分自身のことを嫌ったことを思い出す。そして遺産を破壊しかねないラディカルで革新的な、なんでもかんでも快刀乱麻的にぶった切ってぶっ壊すポップ・カルチャーにあこがれた。パンク・ロックグランジが古臭い、退屈なロック・ミュージックのクリシェ(お約束)をぶっ壊すのに快哉を叫ぶような感じで。でもいま、ぼくは身の回りにある伝統的なものに対して敬意を払うことを忘れないようにしたいと思う。福田が語るように、たとえばお米を食べる食文化の中にすでに日本の文化の伝統・遺産が眠っているのかなとも思ってしまう。

2024/05/18 BGM: The Rolling Stones - Paint It, Black

最近、ある友だちが興味深いインターネットの記事をぼくが所属する発達障害関係のLINEグループに送ってくれた。それはとあるマンガの書き手の思い出を綴ったもので、その人は子どものころに絵を描いたことがあった。だが、その絵を見た先生が彼女を叱ったというのだった。なぜならブタを塗るにあたって黄色を使っていたからである。黄色いブタなんていません、肌色かピンクを使いなさい、と。彼女がその後大人になってからも、このちょっぴり胸が痛む思い出をまだ保持し続けている、というのだった。

kodomoe.net

そんなことが描かれた記事をぼくは読み、ぼくは独における偉大な詩人パウル・ツェランのことを思い出した。そのツェランは「死のフーガ」という詩の中でなんと、ミルクを描写するにあたって「黒いミルク」という表現を使っているのだった。もちろんこれはツェランの戦略によるもので、惨めでトラウマに満ちたホロコーストの記憶を刻みつけるためにわざとこうしたどぎつい・現実離れした色をぶつけたのだった。このマンガ家の思い出の場合は大人の古臭い偏見や思い込みを描いているのだからその意味ではズレているだろう。それはわかるつもりだ。でも、大事なのはぼくの私見では感覚によって感じたり知覚したりするものをどう受け入れて表現するかであって、それが常識から時にかけ離れたものになりうることもありうるしおかしくもないということだと思う。ブタが黄色くてもかまわないじゃないか、と思う。

発達障害者として、このヘンテコリンな脳と24時間つき合う身として、ぼくは毎日どう世界をこの感覚を以て受け入れ理解しているか表現している。この日記然り、日々のコミュニケーションの場において然り。たぶん、皆さんからすればぼくの意見や表現はおかしなものかもしれない。そうした「変だ」というクレームがあるとすれば、それは認めるにやぶさかではない。だけど、そんなおかしな表現も(もちろん居直るのも端的にダサいとも思うにせよ)「まずは」個性や誠実さのあらわれと見てほしい。そこから議論を始められないか。そんな、「もう1つの」「想像の」世界ではブタが黄色どころか緑や青くだってありえるかもしれない。もしかしたらそうしたブタが翼を広げて空を飛ぶことだってないとは言えない。

そしてぼくは、哲学をかじる人間として(あるいはヘタレな本の虫として)興味が赴くままに本を読んできたのだけれど、そこから茂木健一郎などに代表される脳科学の世界を想起する。ずばり、「クオリア」という概念だ。ぼくが見ている色があなたの色と違うという発想になるだろうか。あるいはこんなことも考えつく。文化によって色を表現・表象するやり方・作法は異なってくるというものだ(たとえば日本では「緑」「青」が同じ色を表現するために使われて「青信号」「青い森」と言い表されたりする)。

この多様性の時代、先生たちもそれぞれの生徒たちのユニークな感覚を基調でブリリアントなものとして尊重せねばならず大変だろうと胸中を察せずにはいられない。時代は変わる……ぼくの感覚はどう変わったのか。大人になったのか。ここまで書いてきた「ぼくの言い分」を読み返し、こうやって見てみるとぼくは結局いま以てなおただの頭でっかちな、ヘンテコリンな子どものままなのかなという気もしてしまうのだった。

2024/05/17 BGM: The Doors - Light My Fire

今日は遅番だった。今朝、三島由紀夫の『戦後日記』をパラパラと読む。これは三島が公開を前提として書き続けた日記を集成したもので、この日記の中で三島は音楽全般に対するはっきりした嫌悪もしくは恐怖について率直に、歯に衣着せぬ筆致で記している。三島の音楽ぎらいは端的に音楽が「かたち」を持たないこと、そして意味を見い出せないことからくるとつづられる。正確な引用ではないが(ごめんなさい!)、三島は音楽がどこからともなく来るものであること、そして努力しても音楽を「視る」ことができないことなどを分析してつづる。彼は音楽愛好家はマゾヒストではないかとすら書いている。

おそらく、三島は音楽によって自分の自我が支配され侵略されること(流行り言葉で言えば「精神汚染」?)を嫌ったのだろう。このいかにも三島的な繊細で鋭敏な(「過剰に」鋭敏な)知性に文字通り感服し、ぼく自身のことを身の程知らずにも振り返ってしまった。この日記を読まれる方ならもうおわかりのとおり、ぼくは音楽をずっと愛好して生きてきた。文字通り音楽がないとぼくは自分の心を平静に保つことができず、落ち着くことができないのだった。ぼくは発達障害の、落ち着かないせっかちな心の持ち主で絶えず刺激的な音楽を求める。だから日々、浴びるように音楽を聞く(たとえば、いまはぼくはドアーズを聴いている)。だから三島に言わせればぼくはマゾヒストで、音楽の愚鈍で従順な(?)奴隷だ。

三島に同意する。音楽は形を持たず、それはぼくたちをその広がりでいとも簡単に包み込む。でもぼくは音楽のそうした甘美でやわらかい支配を楽しむことができる。そして、問題は「それがどうしたのか」と考えてしまうことかもしれない。どこが悪いのかよくわからないのだ。音楽がそうしてどこからともなく来るもので、それがぼくの心をコントロールするとしても、ぼくはそれを許容できる。でも、これは三島的な考え方がまったくもって間違っているなんて話でもないと思う。いみじくも三島が語るように、三島はサディストだった(あるいはストイックだった)ということだろう。ぼくはだらしないマゾヒストなのだ。それで終わる話なのかなと思う。

そんなふうに音楽によって侵略・支配されることへの恐怖とは(ここでぼくは「音楽殺人」という言葉を思い出してしまう。三島にとって音楽を聞くことは文字通り「殺される」恐怖ですらありえたのかな、なんて?)、つまりこういうことかもしれない。ある人の中に確固としたコア(自我)があると自覚されるからこそ、それが侵略されるとかいう恐怖も芽生えうる、と。なら、ぼくのそうした鈍感さとはつまりぼくが自分の中に依然として確固とした自分自身を持っているという感覚を抱けないことからくるのかもしれない。自分自身を見つめると、ぼくの中にあるのは空虚だ。だからこそ、いつも「なにか足りない」「刺激がほしい」と思うからこそ、カタルシスを求めてうろつき音楽を聞いたりする。

ぼくは日々、もちろんこんな足りない頭を駆使してという話にはなるのだけれど、つとめて物事をロジカルに考えるようにしている。だけどこの事実を認めざるを得ない。ぼくの中にある見えざる性格・本能は(フロイトならこれを「無意識」と呼ぶのか?)いつだってぼくを圧する。この人生とはつまりはこんなふうな内なる見えざる性質を言葉にするストラッグルの謂なのかもしれない。これについて思うと、ふと黒沢清が産み落とした傑作映画『CURE』を連想する。この映画の登場人物のように、ぼくの中には常になにかが存在しそれが世界に向けてメッセージを伝達する。だが、あの映画では(言葉ですべてを説明しない黒沢清流の作風だったので、これはまったくもってぼくの類推であることを断るが)あくまで登場人物は「憎悪」「ヘイト」を伝達していたっけ。なら、ぼくは?

2024/05/16 BGM: Spacemen 3 - I Love You

今日は早番の日。今朝、ふたたびぼくは自分と外との間にどう境界線(バウンダリー)を引くかについて考えた。ぼくのところに寄せられるたくさんの助言(アドバイス)はいずれも実に貴重でありがたい。なので、それを拒絶したいという気はもちろんさらさらないのだけれど、だが一方では彼らの言葉はあくまで彼らの真実なのだということを踏まえないと痛い目に遭うとも思ったのだった。ぼく自身がそうしたアドバイスをぼく自身の人生に役立つようにして、ぼくの責任・監督の下にチューニングして改造していく。そうした姿勢が必要なんだろうなと思ったのだった。

これについてあるLINEグループでメッセージを送ったところ、友だちがマッサージをして心を癒やしストレスを解消するのはどうだろうと提案してくださった。ぼく自身、こうした肉体に効くストレス解消法(体を動かし、歩いたり泳いだりして運動するということ)が端的に「効く」ということは仕事を通して知っているつもりだったので得心が行く。心と身体はつながっていてすばらしいコンビネーションを生み出している。こんなことを考えると、過去の太宰治三島由紀夫の論争を思い出したりもしてしまった。太宰の苦悩なんて運動すれば治る、と三島が言い放ったとかなんとかいう話だ。いまならその三島の意見を理解できるような気がする。

市の国際交流協会がLINEメッセージで、来月から新しい英会話教室がワンシーズン始まると教えてくださった。この知らせをグループホームの管理者・副管理者の方々にLINEで送る。なんだってこんなに英語を学ぶのかと自分でも不思議に思ってしまう。いつも書いているが、過去のトラウマに満ちた孤独な日々が影響しているんだろうなと思う。過去に誰とも会話が成り立たず、おみそにされてつらかった時期。その時期は心がすさみきっていて、「心の戦場」か「ジャングル」を生きていたようなものだった。だから、いまなおこんな活動に誘われてしまうのだろう。いや、それは悪いことではないだろうけれど。

平たく言えば、悪名高き「承認欲求」「かまってちゃん」的な心理とでも呼ぶべきもので……たぶんこんなことを考えたり葛藤したりしつつこの奇妙な人生を生きることになるんだろうなと思う(ある意味では「ストレンジャー・ザン・パラダイス」な、「楽園よりも奇妙な」人生かな、とふとジム・ジャームッシュの映画を思い出してつぶやいてしまう)。でも、日記にも書いてきたがこんなぼくのことをたしかに「友だち」と認めてくれる人がたくさん現れてきているのもまたたしかなことだ。何度でも書くが、ぼくはただの貧乏なおっさんで日々いかがわしいことばかり考えるうさんくさい人間でしかないのにとも思う。これもまた「楽園よりも奇妙な」というかなんというか。

夜、Zoomでミーティングに興じる。恥ずかしながら日中の仕事でくたびれきっていたのだけれど(だから頭が回らなくて困ったのだけれど)、なんとか「ぼくの好きな先生」というテーマのプレゼンテーションを行うことができた。たくさんの先生方にお会いした……もうぼくも50になろうかとしている。ぼくがお会いした先生方の当時の年齢に近づき、彼らがいったいどんなことを考えてぼくたちに接してくださったのかも共感できるようにもなった。そうした先生方はもちろん「完璧超人」というか、スーパーマンワンダーウーマンではありえなかったかもしれない。でも、ぼくがこの人生をしぶとく生きる手がかりになる真実は授けてくださったとも思う。それを思うと、いまだぼく自身の中に残る「遺産」に感服する。

2024/05/15 BGM: Motoharu Sano & The Coyote Band - ラジオ・デイズ

今日は休みだった。今朝、グループホームのメインハウスに行きそこで副管理者の方と話をする。ぼくの中にある感情である「嫌悪」「ヘイト」についてしばし話し合った。かれこれ1時間ほど話し込む。ぼく自身のほんとうの気持ちを話すのにひどく混乱してしまいつっかえてしまったが、その方はいろんなアイデアを提案して解決しようと試みてくださった。「試みて」と書いてしまったのはその方が「こうすればいい。黙ってやりなさい」なんて高圧的なことをおっしゃらなかったからだ。ぼくの不十分な語りからいろいろ思案してくださっている、と感じた。

いまぼくは周囲を見渡して……そしてあらためて「ついてこい」「従え」なんてことを言い放つような「リーダー」「教祖」気取りな(もっと言えば「お山の大将」な)人がどこにもいないことを確認する。ぼくの信頼できるスタッフの方々はいつだって、まずぼくのことに耳を傾けることから始められる。そのあとに、いろんな提案をして下さる。古典や聖典的な書物・マニュアルに書いてあるようなことを丸写ししたような「模範解答」ではなく。それがとてもありがたい。

ある友が質問してくれた。ぼくはそんなふうに日記でトラウマについて書き記し(書きなぐり)、どうしたいのか。困難を克服しようとしているのか。ただ「書き出す」ことに務めるのか。この質問はなかなか歯ごたえのある面白いもので、考えてしまう。言えるのはぼくは、まずそうしたトラウマに満ちた思い出を吐き出す必要があるということだ。そうして心を軽くして次のステップに動けるように務めないといけないと思う。

でも、こんなことも考えないといけない。いつの日か、ぼくはこの「憎悪」を「克服」「乗り越える」ことができるのか。この女性嫌悪・女性蔑視というか、ミクロな次元での(無意識・無自覚・鈍感な)女性への差別感情。たぶんそれは何をもってしても矯正したり克服させたりすることはできないと思う。できることはその歪んだ感情や欲望を保ち続け外に出さないこと、つねにあたうるかぎり誠実に向き合うことかなと思った。いや、言うは易く行うは難しなのだけれど。

午後になり、明日のプレゼンテーションのための草稿を書く。ぼくがこれまでの人生で出会った先生たちについて書いたものだ。この世にはたくさんの先生がいる。生徒たちにおもしろい、有益な解答を与える。これまで出会ってきた方で印象的だった方の1人が、テオ・アンゲロプロスというギリシャ映画の巨匠の『ユリシーズの瞳』について推薦してくださった方だ。教室で「絶対観てください!!」と熱弁を振るわれたのだ。当時、インターネットはまだ大衆社会に広まっていなかった(むろんパソコン通信に代表されるネットワークはあったにせよ)。ましてスマートフォンYouTubeもあるわけもなく……この映画について探すのは骨が折れたが、力強い情熱的な「推し」のコメントについ映画音痴のぼくはこの名作を観てしまった(いまになってみると、やたら長くて濃厚な映画だったという記憶しか持っていないのが情けない……)。

2024/05/14 BGM: Spiral Life - Dance To God

今日は書くこともなく、ぼんやりあれこれ考えてふとこんなことに思い至った。いったいぜんたい、なんでぼくはニーチェハイデガーウィトゲンシュタインといった哲学者を(日本なら中島義道野矢茂樹宮台真司や三木那由他といった書き手の本を)読むのだろう。わかるわけもないのに。90年代、ぼくがまだ青二才だった頃、流行っていたのはドゥルーズガタリデリダフーコーや日本では東浩紀といった人たちだった。でも、さすがに東浩紀存在論的、郵便的』はめくったかもしれないがあとはこれっぽっちも読まなかった。というのは単純に「なんだか難しそうだし、ぼくのアホな頭ではわかりっこない。時間のムダだ」と思ったからだ。なんら役立つことなんて引き出せないだろう、と(でも、矛盾するがその一方で当時から流行り始めていたスラヴォイ・ジジェクによるジャック・ラカンの解説書や映画などの大衆文化の論考はめくったりしたかもしれない)。お前ははアホだバカだマヌケだ、という心の声にいまだそそのかされるままに、そうした哲学とは無縁に生きたのだった。

そして40代がはじまる。町にある古民家カフェで友だちと出会いを果たし、その友だちと語り合ううちに彼ら・彼女たちがぼくの言葉には「哲学的」な香りがすると言ってくださった。ほぼ同時期だったろうか、Discordである人にニーチェサルトルを読むことを薦められた(彼と二、三英語でチャットで哲学談義をしたのだ――いや、他愛もない次元の話だが)。その頃までにもぼくはビギナーズ向けの「やさしい」入門書や「軽い」エッセイ程度はかじっていた(土屋賢二池田晶子などが書き記すおちゃらけた、だが同時におそろしく鋭利なエッセイからはいまも影響を受けていると自負する)。でも、そうした出会いから勇気を出してニーチェツァラトゥストラかく語りき』やサルトル『嘔吐』、ハイデガーニーチェ』などを読んでみたりしだすようになったのである。

いや、いまだってわかっているかどうかというと上に挙げた人たちの本に関しては「まあまあ」「だいたい」程度のことしかつかめていない。でも、そうした本に加えて春樹や池澤夏樹スティル・ライフ』『マシアス・ギリの失脚』などの本を読み返したりしたことでぼくは(さすがにもう若くないことをひしひしと意識したりしたこともあって)、自分のことがらにこそ考察を自分なりに深めることにした。トレンディな「いまふう」の話題ではなく、だ。すると、本が教えてくれるのがコミュニケーションをめぐる問い(とりわけ「言語」「ことば」が生み出すコミュニケーション)であること、あるいはこの社会や世界と自分をめぐる関係性であることが見えてくる。なんでこんなふうに書きなぐる言葉があなたに伝わるのか。言葉ってなんだろう……なんて。

だから、ぼくはつねに自分自身の内から湧き出ることがらについて向き合って考えている。ソーシャルというか外界の話題ではない。いや、たしかにそうしたことがらについて考えるのは大事だ(いまなら「ポスト・トゥルース」がどうとか「ポリティカル・コレクトネス」「ジェンダー」をめぐる問題が挙げられようか。もちろんもっとあるはずだ)。でも、ぼくの力ではできるのはここまでなのだった……こう考えていくと、泣く子も黙るあのウィトゲンシュタインこそがそうしたぼくの問題についてぼく自身が考えることを示唆し、導き続ける人なのかなと思う。ぼくのやり方、マイウェイで考えること……。

ウィトゲンシュタインが教えたのは「やり方(メソッド)」だと受け取る。「解答」「マニュアル」ではなく、だ。もちろん、ウィトゲンシュタイン的に言えば「私はそんなこと言った覚えなんてこれっぽっちもありゃしない」という「言語ゲーム」の罠だってありうる(し、実際に会ってみたらウィトゲンシュタインはものすごく付き合いにくい人だったというコメントだって読んだこともあるのを思い出す)。

2024/05/13 BGM: Pixies - Where Is My Mind?

今日は遅番だった。朝、シャーデーの歌をぼんやり聴きつつ、ふとこんなことを考えてしまった。ぼくの中にはたしかに「ミソジニー女性嫌悪・女性蔑視)」と呼ばれる感情が眠っていて、それゆえに女性を低く見てしまったり差別してしまったりしているのではないか、と。そのことをLINEで友だちに正直に送ってしまったりもした。いつも書いているように、ぼくはまた過去を振り返る。中学生のころ、音楽の先生に誘われてぼくはブラスバンド部に入っていた。その部は女性部員ばかりのまさに「大奥」的な部だった。そして、なんだかんだでぼくはあらゆる女性部員から蛇蝎のごとく嫌われた(下級生にさえバカだアホだとなじられた)。このことを考えるに、いまもってなおぼくの中には痛みが感じられてしまう。

でも、こうしてぼくに向けられた嫌悪・憎悪にぼくはどう向き合えばよかったのだろう。どう立ち向かえばよかったのか。ぼくの意志や尊厳をどう示せばよかったのか。拳で一発ガツンとぶん殴ってやるべきだったのか。いやもちろん、相手は女性だ。そんなことはできるわけがない(していいわけがない)。でも、理性的なおちついた、言葉によるコミュニケーションが無理ならどうしたらいいのか。このトラウマがぼくをこうした、上に書いた「ミソジニー」をこじらせたやもめに育てたのかもしれない。

振り返って別の思い出を探ってみる。そして気づくのは、ぼくは実に「男の」「野郎の」書き手に育てられてきたということだ。筆頭に挙がってくるのは村上春樹で、あとはウィトゲンシュタインの哲学やフランツ・カフカポール・オースター宮台真司。いやもちろん、女性もぼくの考え方に多大に影響を及ぼしたこともたしかだ。母の考え方、ジョブコーチ、ぼくが愛した女性たち……なんだかこれも不平等のような気もするし、こうしたことも「ミソジニー」かなとも思う。違うかな。

確定していることとして、ぼくは男で異性を愛する者だ。でも、上にも書いたけれどぼくが持つ感情や欲望は過去「キモい」「変態だ」とひどく叩かれ、責められたのだった。そんな感情や欲望なんて誰も持っていない、お前だけが異常だ、ぜったい頭がおかしいのだ、と。そんなことがあって、ぼくはもう愛される可能性や夢をいっさいあきらめてしまおうかと思ったりもしたのだった。そしてこの戦場のような現実世界から甘くておぞましい夢・妄想の世界へと逃げようかな、と……そこではセクシーな二次元の女の子たちがぼくをなんでもかんでも許容してくれる(そうしたオタク的な夢想にハマった時期があったのだ)。でも、いま、ぼくは思う。どうしたってぼくの中にはこの現世でソウルメイトを求める気持ち・情動がある。

上に書いたようなことを考えていたら、ふとあるNPOの先輩の方に話しかけられたのでしばし話し込んだ。いまはぼくのまわりを見渡すとたくさんの友だち・仲間がいて支えてくださっている。自分に言い聞かせないといけない。ジョン・レノンの向こうを張って「戦争は終わった」と。そうだ。過去、ぼくのまわりの人たちが群集心理に取り憑かれておかしなことになっていた、ということなんだろう。いや、そう考えたとしても理不尽さは消えないが、ならぼくはせめて自分がそうした心理に取り憑かれる側に回ることがないようにするにはどうすべきか考えることに努めたい。それがこの人生のミッションの1つなんだろうと思う。