単純な生活

Life goes on brah!

20260112

今朝、いつもながらの中途覚醒をはさんで7時頃目覚める。昨日の夜は3分間スピーチの余韻が残っていて興奮していたので寝付けなかったらどうしようかあたふたしたのだけど、なんとか睡眠が取れてありがたかった。そのまま起きてシャワーを浴びて洗濯機を回し、7時50分からの英会話のZOOMミーティングに参加する。今日はこのミーティングにはじめて参加される方があらわれ、その方の自己紹介を皮切りにそれぞれのメンバーが自己紹介をする。このミーティングに1000回以上連続で参加されている方もおられて、その徹底した自己管理におどろく。ぼくは以前に寝坊してこのミーティングに出られなかったことがあるのでとうていかなわない。

今日の話題はノートパソコン(英語では"laptop computer")を長持ちさせる方法についてで、ぼくはノートパソコンを持っていないのでほかの方々のエピソードを聞く役にまわりつついっぽうで「いや、ぼくが前に使っていたデスクトップは10年以上経っていて、ウィンドウズ11が使えなくて……」といったことを明かす。このミーティングの参加者の方々にたいしてなら見栄を張らず自分のこうしたみっともなさ・恥ずかしさをさらせるように思う。それがこのミーティング参加が長続きしているおおきな原因の1つかもしれない。ぼくもいずれ1000回を達成するんだろうか。

その後朝食を摂り、今日は遅番なのでこれまたいつもどおりグループホームの本家におもむく。そこでやったことはまず給与明細のスクリーンショットを管理者・副管理者の方々にお見せすることだった(ペーパーレス化の一環で紙の給与明細が以前に廃止された)。それを基に3人でお金の使い道について話し合う。お金の話は実はぼくがもっとも苦手とする話題で、なんでもかんでもこの発達障害特性のせいにしてもしょうがないのだけど、でも「Amazonなどのネット通販のワンクリックの衝動買い」「夜中のコンビニエンスストアに走って過食してしまう」といった行動がいまだ改善されていないからだ。口ではなんとでも取り繕えるが預金通帳の残高はごまかしようがないのでバツの悪い思いをせざるをえない。

きびしい話にもなったのだけど、でもいま健康体なうちに貯めておかないといざとなった時(急病や事故などがあった時)にどうしようもなくなるということはぼくも理解したつもりで、だから気を引き締めようとあらためて思う。それにしても、どうしてこんなに衝動買いや過食にはしるのか……トラウマのせいか欲求不満か、それともたんに物欲・煩悩のせいか。過去に利用料すら払えなくなって大騒ぎを起こしたことを思い出す。いまはそんなことはないけれど……そんなこんなでその会合を終え、重い気分に浸りつつも池内紀が編んだ『森毅ベスト・エッセイ』を読み、とちゅうで英語であれこれメモを取る。なんだかほんとうに気が重くなったのでしんみりベン・フォールズの曲を聴き返して「ひたって」しまった。

1時から仕事に入る。今日はいそがしかったので、昨日のように仕事中たんねんにメモを取るというわけにはいかなかった。ただ考え込んだこととして、ぼくの場合未来をきちんとイメージできないという弱点があるようだ。実に刹那的というか、未来を見越していま欲しいものを我慢するということができない。いま欲しいものはいまただちに欲しい、5年後や10年後なんて待ってられない……「宵越しの銭は持たない」みたいな話だ(でもこれって「江戸っ子」の話だったような。ぼくは関西人なのに)。そういうわけで、いまの時点で自分が還暦をむかえたらどうなるかも考えられない。まったくイメージが湧かないのだから仕方がない。

5時から休憩室で休憩を取ったのだけど、そこでも『森毅ベスト・エッセイ』を読みながらあいまに自分のそんな障害特性について考える。1つ考えたこととして、「未来を見据えていまを我慢する(苦しさを我慢する)」ということができないのならそれはもうあきらめて、「いま感じられるよろこびにフォーカスを当てる」というのはどうだろうかと考えた。つまり、将来のことを想像するのはおいといて、たとえば「いま預金通帳にお金がどれくらい貯まっているか」「それは過去とくらべてどれくらい変動したか(増減したか)」を考えていくという方法だ。「『いま』お金がこれくらいある。うれしい」と考えてそこから「これを一定のペースでコツコツ貯めればいくらになる」と考えていく……甘いだろうか。

ふと、ネットで拾った「ラインホルド・ニーバーの祈り」のフレーズが頭をよぎった。ぼくの解釈で言えば、あれはぼくの力で変えられるものと変えられないものがありうることを踏まえたうえで、そこから「変えられないもの」の限界の中で知恵をしぼりつつ「変えられるもの」を変えていくという話だったはずだ。ぼくの発達障害特性はどうしようもない。変えられるわけがない。その意味ではぼくはほんとうに無力でブザマな人間だ(森毅の卓抜な語彙を使えばまったくもって「ドジ」な人間だ)。ただ、その特性の中でもいろいろぼくなりに知恵をしぼれば腑に落ちる解決策が見つかるかもしれない。ならばやるしかない。そんなことも考えてしまった。

そこまで考えると居ても立っても居られない。さっそくある方にLINEでメッセージを送り、こうしてグループホームの管理者の方々と金銭管理のプランを立てていることをほかの友だちに明かせないだろうかと相談する。近々また定例ミーティングがおこなわれるので、その席でこうした話ができないものかと考えはじめたのだった。その方はぼくが金銭管理で困っていること(言い換えればしつこい衝動買いや過食に苦しんでいること)をご存知なので話がまとまった。それで目の前に明かりが見えてきたような気分になり、休憩後仕事を再開し9時に終えて帰宅してそしてこの日記を書いた。