単純な生活

Life goes on brah!

20260105

昨日の夜の日記を書いてから、懇意にさせていただいている女性の主宰するZOOMミーティングに参加した。そこでまずざっくばらんに英会話を楽しんだり英語を使ったゲームに興じたりして時間を過ごす。その後はある方の英語での3分間スピーチの時間となり、台湾における茶の文化(どんな種類のお茶があるか、そしてそれをどう飲むかなど)の紹介やそこから派生した質疑応答で盛り上がる。ぼくもそのスピーチを聞くためにきちんとメモを取らないといけないとさいしょは構えていたのだけれど、でもメモを逐一取っているとかんじんの「話される英語」の臨場感を鑑賞できない。だからメモはあきらめてその方の魅力あるスピーチを堪能した。

その後時間があったので(次の日、つまり「今日」は遅番で午前中はゆっくりしていられるという皮算用から)、次週の日曜日に予定されているこのぼくの3分間スピーチの原稿を書き始める。なにについて書いたのかはまだ明かせないが、ぼくが英語学習を楽しむにあたってのささやかな秘訣めいたことになる。それが書き上がると、もちろんまだ未完成で粗削りもいいところなのだけれど(ここから推敲をかさねて余計な脂を落としていかなければならない)Discordの友だちにこっそり披露したり、ぼくが使っているAIであるGeminiからもアドバイスをたまわったりして満足する。そして12時頃就寝した。

そして今朝、やはり脳の使いすぎがたたったのか4時頃目が覚める。つまり単純計算で4時間しか眠れなかったということになり、ただ目が冴えて寝直そうにもうまくいかず往生する。長年の経験から、「いま」「この瞬間」はよくても眠気・睡魔というものはじりじり忍び寄るもので油断するとあっという間に足をすくわれることも承知している。だからそこであせってしまい、頓服を飲んでまた床に就いた。すると眠れたのだけれど、起きてみるとすでに8時20分頃。つまり今日はシャワーも洗濯も英会話のZOOMミーティングもまったくできなかったことになる(いまさら参加しようにももう間に合わない)。新年5日目にして早々にケチがついてしまった。

それで気を取り直し、遅番の日の常としてグループホーム本家に向かう。ただ、着いたはいいもののやはり寝坊のショックもあってなんだかなげやりな気分になる。それでも無駄に時間を過ごすのももったいないのでプリンスの珠玉の名曲群を聴きながらカバンをゴソゴソしたら村上春樹の文庫本『走ることについて語るときに僕の語ること』が出てきた。読みかけたままカバンの中に眠らせていたようで、しおりが挟まっている地点から後の部分を読み始める。この本は何度も読んできたのだけど、こんかい読んでもおもしろかった。村上春樹はエッセイでは小説では見せない正直さというか、裏表のない人間性を見せてくれておもしろい。

後半部分にかたよった読み方になってしまったことを踏まえて言えば(ただ、前半部分でもおなじような主張をしていると思うのだが)、春樹さんは体質的にとことん自由人なんだと思う。人とむやみやたら競ったり、あまつさえ人をある序列の中で蹴落としたりするよりも自分だけの世界を作り上げてそこで満足するタイプの人と言えばいいか。この文庫本はそんな春樹さんが「走ることについて」焦点を当てて語り尽くした回想録めいた1冊なのだけれど、走ることにかんしても春樹さんの「我が道を行く」ボヘミアン(?)ぶりは揺るがない。

ぼくはぜんぜんこれまで走り込んだり身体を鍛えたりしたことはないのだけれど、その原因がどこにあるか考えてみるにそれは10代の頃までさかのぼるようだ。あの頃ぼくはまだ自分が発達障害者とわからず、クラスメイトたちからズレてしまう自分を持て余していた。あの頃はスクールカーストという言葉はまだなかったと記憶するが、しかしぼくがクラスの中で最底辺だったことはまちがいないことで、扱いとしては「天然」の「変人」だった。ぜんぜん納得行かなかったのだけど(なんでクラスメイトたちはピチカート・ファイヴフリッパーズ・ギターではなくドリカムやB'zなんて聴いていられるのか、かいもく見当がつかなかった)、まあいいやと思って教室では死んだふりをしていた。

ぼくは運動面ではからっきしだったので(逆上がりさえできない)、学校教育においてもスクールカーストにおいても容赦なく「ノロマ」「鈍足」ゆえの「役立たず」と位置づけられたことを思い出す。そんな評価ばかりされて、運動が好きになるはずがない。なんだか灰色の青春だったなあといまになって思い出す。いや、もちろんこれは一方的で粗暴な見方だろう。すくなくともあの当時、教育において先生たちの仕事というのはそうやって序列を作りつつ各生徒の動機づけを高めて競争心をはぐくむことだったという見方もできるからだ。英語教育にしてもしかりかもしれない。このことはぼくの知り合いの元先生たちに確認してみたいと思った。

そう考えていくと「いま(五十路)」になって、つまりもうガミガミ言う先生もいないし学校教育からもまったく解放された状態において自分からわざわざこんなふうに英語を学ぼうとするのもおかしな話だ。でもぼくの場合においてはそれこそ春樹さん的に、人とくらべて上手い下手をいちいち一喜一憂せず「我が道を行く」という精神で取り組んでいる。大学生の頃に英文学をかじっていた頃は自分の英語がけっきょく受験英語の域を出ないものだという事実をなかなか認められず、したがって虚栄心やコンプレックスをこじらせていたものだけどいまはもっと「図太く」「下手でもいいか」というくらいのゆるさで構えられていると思うのだ。

昨日読んだ中島義道『英語コンプレックスの正体』から学んだこととして、コンプレックスをかかえて苦しいならばその自分自身の醜いありさまをごまかさずに見つめ、できる限り客体化・客観視していくのがスジなのかもしれない。これは英語コンプレックスだけでなく、すべてのコンプレックスにあてはまることがらだろう。中島さんといい今日読んだ春樹さんといい、コンプレックスを乗り越えて自分のペースを貫き通す人は強いなとつくづく思う。そんなこんなで仕事に入り、ぼくも自分のペースを押し通して仕事をこなして終わった。