単純な生活

Life goes on brah!

20251231

昨日の夜、ある英会話関係のLINEグループにていじめをめぐるちょっとした議論が持ち上がった。ぼく自身その議論に乗っかり、ほかでもないぼく自身がいじめに遭っていた頃のことをあれこれ語る。印象的なできごととして思い出せるのは、そういういじめっ子たちというのは要領が良くて差別問題(黒人差別や女性差別、部落差別など)にかんしてはスマートに・弁舌さわやかに模範解答を語れるくせに、眼前で起こっているいじめという現象の非合理性・不条理は目を閉ざすことができるということだ。彼らの理屈・意見はけっきょく大人たちの猿真似だったんだなあ、と思い出す。猿真似の理屈を言うだけなら世話はない。いや、もちろん学問とはそうした「猿真似」からはじまるものという考え方もないではないのだけど。

そんなことがあってか、今朝はなんとなくはやばやと5時ぐらいに目が覚めてそのまま二度寝するにも眠れなかったので、竹村延和の音楽を聴きながら中島義道の著書をいろいろパラパラとページをめくって過ごす(『哲学の教科書』『七〇歳の絶望』『たまたま地上にぼくは生まれた』などなど)。そして7時ぐらいからいつものルーティンであるシャワーを浴びて、洗濯機を回した後に7時50分からの英会話のZOOMミーティングに参加する。今日の話題はスペインの交通網にかんする記事からだったのだが、ぼくはあいにくスペインに行ったことがなくどうなるだろうかと不安だったのだけど、参加された方々のあたたかい人間力に救われた。それがありがたかった(1つ学んだこととして、今日は「それでは右上の『バツ』をクリックしてウィンドウを閉じてください」ということを英語で語る際に立ち往生してしまい、「バツ」印と呼ぶものは「cross」もしくは「x(エックス)」という呼称で知られていると学んだ)。

その後、遅番の日の常としてグループホームの本家に向かう。そしてそこでいつもどおりメモパッドに英語であれこれメモを書いていく。中島義道の哲学にはじめて触れたのはぼくが20歳頃のことだったか。当時、まだ発達障害のこともわかっていなかった頃に彼の世界に触れ、そのすさまじくネガティブでありながら安易に読み飛ばしたり唾棄したりできない凄味に文字どおり「この人は信頼できる」「この人は正しい」という確信を抱いて、爾来彼の書くものはフォローするようになったのだった(つまり、ぼくも中島義道同様そうとうに生きづらい「孤独」をかかえて、当時住んでいた早稲田界隈をさまよっていたということになるだろうか)。

なんてことはない。ぼくだってその意味では過去に中島義道をあがめて「猿真似」をこころみる阿呆にすぎなかったわけだ。いまはもちろん中島さんの哲学には少なくないところにおいて違和感を持っているし、その違和感(たぶんにそれはものすごく生理的・本能的なものだ。直感や霊感に由来する、というか)をごまかしたりうやむやにしてはならないとぼくの中の勘がささやく。ただそれでも中島さんが語るように、きれいにウィトゲンシュタインを整理するのではなくウィトゲンシュタインばりに言語の不可解さに悩むことこそ哲学なのだと考える姿勢こそが肝要なのだろう。中島さん自身、そうした「生きにくい」姿勢を貫いていると感じる。

こんなぼくの哲学の読みはある意味「どんくさい」「泥くさい」ものだろう。ニーチェハイデガーをするするとチャートでも描くように整理して、そこからどこに出しても恥ずかしくない「真理」を出すほうがたぶん人気が出る。でも、これはなんら奇をてらうつもりはなく本心を書くが、ぼくが読むとニーチェにしてもなんにしても「外した」読み、もっと言えば「誤読」となってしまうようなのだ。コピーしようとしてもぼくの中の「ひずみ」「ゆがみ」がそうして「真理」をかたよらせる。やれやれ、困ったものだ。

そんなこんなでメモ書きが終わって一段落した後、イオンに向かう。大晦日のイオンはとても混んでいた。そこで、カバンの中に入れていた三木那由他『言葉の展望台』を読みはじめる。三木那由他の著書は専門書はさすがに手が伸びていないが、こうした一般向けの著作はほぼすべて買い求めて読みふけったことがある。もちろんそれは彼女がすぐれた書き手・哲学者だからだけどそれだけではなく、ぼく個人の問題意識として「言葉」「コミュニケーション」という概念にどうしても惹かれてしまうようだ。先に挙げたウィトゲンシュタインにしてもしかり。こんかいの読書は1年ほど間をおいての再読になったのだけど、やはりスリリングだ。

読みながら、「哲学と私のあいだで」と題された章が気にかかった。ここで三木はあるジレンマを明かしている。彼女はトランスジェンダーの出自をかかえているそうだが、そこから過去に差別に遭ったり理不尽をあじわったりしたこともあったという。そこから(雑にざっくり整理してしまうが)哲学の語彙を駆使して「冷静」に整理することでおおぜいの人に届ける指向性と、彼女自身の苦しみを「感情的」「リアル」に語ろうとする心理のはざまで揺れざるをえない、というのがそのジレンマとなる。これはぼく自身にもはね返ってくる問題だ。ぼくは発達障害について語るが、その言葉は個人の苦しみを明かした私的な繰り言にとどまっていないか。公共性を持っているか。

ただ、そう考えていくと「そもそも哲学者の議論自体、さいしょはそれこそ『私的』な苦悩を書きつづったものであり、それが(その『固有性』『個人性』ゆえに)共感を呼び『公共性』を帯びるようになったのではないか」とも考えられる。ならば、「個人性」と「公共性」は思われているほど背反する性格を持つんだろうか……そんなことを考えさせられる。やれやれ、今日はずいぶん長々と書いてしまった。

4連勤の後ということもあって、いまぼくはスタイル・カウンシルを聴きつつこの文を書いている。来年がどうなるかぼくにはまったくわからないけれど、抱負としては「英会話のZOOMミーティングに出られるだけ出て、すこしでも英語力を鍛えたい」と考える。また明日になったら2026年をどうしたいか書いていきたい。