実は昨日の日記を書いてから、夜9時からロシアに住んでおられるぼくの英語の先生の1人・ビクトリアさんが主宰されるZOOMミーティングに参加したのだった。いま、そのビクトリアさんのZOOMミーティングではロアルド・ダールの自伝をすこしずつ読み進めて、かつ英語であれこれ感想を述べ合う企画が進行中である。ぼくは実はここさいきんはいそがしかったので予習もなにもできていなかったのだけれど、それでも以前に地元と台湾の高校生たちの文化交流のイベントに参加した時に自分の英語力がまだまだであることに気付かされたので「これはぜひほかの方々の英語に学ばせてほしい」と思って参加した。そこではだいたいの英語が聞き取れたので、それでリスニングの能力はおとろえてはいないなと安心した。
そして就寝して、今朝いつもどおり7時20分頃目覚める。朝の日課として近所にあるファミリーマートまで行ってそこでホットレモンを買い、その後シャワーを浴びて洗濯機を回す。その後、7時50分からの英会話のZOOMミーティングに参加する。今日は日曜日で、したがって事前に課題・お題をさだめない「フリートーク」の日である。割り当てられたブレイクアウトルームにて、まずぼくが何気なく話したMBTIの話が相手の方の興味を惹いたようで「いや、これは流行りの心理テストみたいなものでして……」などと話す(思えばこのテスト、先述した高校生たちも自己紹介で使っていたほどなのでそうとう人気があるようだ)。
その後、参加された方々がクリスマスや年末年始の予定を話される。ぼくの場合は年末年始がもっとも「かきいれ時」となるたぐいの仕事なのでしたがってかたまった休みはない。日々、多忙なりに自分なりの仕事をきちんとやっていくだけだ。そのあいまにこうしてZOOMミーティングに出たりLINEやMeWeやDiscordなどのグループに参加したりして英語に触れて、かつ人生そのものも楽しむようにしたいなと思う……とまあ話はそれたが、ほかの方々の年末年始の過ごし方も(その人たちならではの英語表現もあいまって)参考になる。
今日のZOOMミーティングはその意味でほんとうに参考になった。まず、「断捨離」を英語でどう表現するかを学べたのだ(「declutter」というらしい)。あるいは、日本に住んでいるとついくせで自分の住んでいる団地のことを「マンション」と言ってしまうが、有名な話ではあるが英語で「mansion」というと「大邸宅」を意味するのでここは「apartment」と表現するのがふさわしいらしい。ほかにも「condominium(分譲マンション)」や「detached house(一戸建て)」など、住宅にちなんだ言葉を学べた日だった。忘れないようにしなければ……。
10時より仕事に入る。そして1時、休憩時間をもらって弁当を食べる。実を言うとここさいきん書いてきた足の痛みなのだけれど、やはりというか今日も雨模様もあいまってか痛くて腰に貼るカイロを貼って対処したものの、さすがに続くときびしいものがある。これはなにか腰巻きを買わねばならないと考えた。そんなこんなで昼休みにスマートフォンでいろいろネットの記事をサジェストされるがままにチェックしていくと、MBTIのことで「ネットでかんたんに診断できるていどのMBTIテスト(まさにぼくが受けたもの)は科学的根拠にとぼしい」という記事を読む。血液型占いていどの信憑性しかないみたいだ。
そこでふと、昨日ぼくが出くわした「発達障害はでっち上げだ」という議論のことを思い出した。いや、発達障害にかんして言えばすでに実験もおこなわれて疑いようのないデータも提示されてはいるけれど、信じられない人にとってみれば「神経多様性(ニューロダイバーシティ)」という考え方はほんとうに「科学のよそおいを凝らしたデタラメ」にしか見えないのかな、と思う。いや、これ以上この考えを続けると目の前に存在しない人を叩くたぐいの「藁人形論法」になってしまう(誤用かな?)。でも、「実感にそぐわないことがら」を突きつけられると人はなかなか信じられない(逆に「実感にそぐうことがら」についつい人はなびいてしまう)という事態っておもしろいものだな、と思った。
その後、FacebookやDiscordやその他のサイトなどをチェックしていたところおもしろいビル・ゲイツの格言を見つける。「We always overestimate the change that will occur in the next two years and underestimate the change that will occur in the next ten. Don't let yourself be lulled into inaction」。つたなくぼくなりに訳すと「私たちはこれから2年で起こる(短期の)変化を過大評価してしまう。そして、これから10年で起きる(長期の)変化を過小評価してしまう。あなたは無気力な凪の人生を送るべきではない」となろうか。
これはなかなか深い言葉だと思った。考えてみれば10年前、メンターとなる女性に出会いその方の薦めから英会話を学び直すことに決めたのだった。とはいえ、留学した経験もないし20代・30代は英語なんてそっちのけで飲酒にふける生活を過ごしていたため英語力もなにもあったものではない。10年かけて錆びついた英語を精錬させ、なんとかここまで話せるようになったのだった。もちろんそれは1人でできたわけではなく、日々すばらしい環境を提供してくださる方々のおかげ、そしてぼくの話し相手になってくださる方々のおかげと肝に銘じ直したい。
夜、仕事終わりに図書館に向かう。そこで英語のペーパーバックを2冊借りる(ヘミングウェイの『老人と海』とカズオ・イシグロ『遠い山なみの光』)。その後、前に借りて読みかけていた吉本ばなな『キッチン』英訳版をちまちま読む。30年前に読んだきりのこの小説、実に淡いタッチで綴られる生と死の描写が印象的だなとあらためて思う。そんなこんなで今日が終わろうとしている。
