今朝、やはりというか起床時間である7時を越えて目覚める。さいわいにもシャワーを浴びて洗濯機を回す時間はあったのでその作業をこなし、その後の7時50分からの英会話のZOOMミーティングにも参加する。今日の話題は新宿の不動産物件(新築マンション)を外国人購入者が購入する動きが目立つという内容で、ぼくは不動産のことなんてなんにもわかっていないのだけれど、けっきょく「聞き専(聞くだけオンリーの参加)」になってしまっても勉強になるかなと思い参加する。あんのじょううまく喋れなかったけれど、でもいろいろなことを学べた。
実を言うとぼくの職場は小売業で、したがってこれから年末にかけてが1年でもっとも忙しい。文字どおり「書き入れ時」ということでクリスマスや年末年始のビジネスチャンスはうかうかしていられない。そんなことも英語に乗せて話していく。水曜日のぼくの活動(高校での通訳っぽいボランティアのこと)も話す機会があって話したのだけれど、英語で語ろうとしたらなかなか意味を成り立たせられず苦労した。「ガイダンス」「チュートリアル」「インストラクション」といったカタカナ英語を並べてごまかしたのだけれど、これについてはあとでゆっくりほんらいの意味を調べ直しておかないといけない。
その後、10時より仕事に入る。今朝の仕事中ぼんやり考えていたのは「これまで、自分は誰かを殴ったことがあっただろうか」という物騒なことだった。なんでこんなことを考えたのかわからないけれど、でも強いて言えば自分の中にはいまだ恨みつらみというものがあり(フラッシュバックをもたらした、パワハラ指導をした人。あるいはいじめの首謀者やその他もろもろ)、「あいつらを精神的に痛めつけなければ死ぬに死ねない」とまで思い詰める心理がどこかにあるからである。もちろん、こんなことがバカげていることは百も承知の上で書いている。
「誰かを殴ったことがあるかどうか」ということで言えば、父親と殴り合いの喧嘩になったことならある。でも、ほかの人たちに関して言えばわからない。思い詰めて、クラスメイトを殴りたい蹴りたいとかあいつらの家に火をつけたいとか、そんなことを思ったことならたくさんあったっけ……そんなことを考え詰めているとなんだか気分が昨日のように暗くなってきたので、昼休みに友だちにLINEを送って心を和ませようとこころみる。
1人の女友だちが、「好きなことをやって自分をやさしくいたわってあげてください」「好きなことはなんですか」とおっしゃったので、それで「本を読んだり音楽を聴いたりするのが好きです」とLINEを返した。そして、「インドア派だし、男らしい趣味ではないかもしれません」と書いてしまったところ、「趣味に男も女もないです」「男らしいってどういうことですか」とその方から質問された。「『メンツ』『強さ』のことかなあ、と思います」と返す。すると「『メンツ』とは?」と質問が返ってきた。
ぼくは50歳なのだけれど、子どもの頃はまだ「男らしさ」「強さ」といったものが活きた概念として世の中にあったと思う。そこから「女性をリードできてこそ男」「女性を守れてこそ男」という考え方が植え付けられてしまったのかもしれない(下手をすると、そういう「女性を守れるスマートさ」をこそ「フェミニズム」と取り違えてしまっていたかもしれない)。そんな強さを「いまのぼくは」強さだとは思えない(そういう種類の男臭さにあこがれたりすることもあるが、ぼくは逆立ちしたって岡村靖幸やプリンスやジョージ・マイケルのようなセクシーなイコンにはなれない)。
こんな「強さ」観が芽生えたのはたぶんに、過去にいじめられっ子だったころにそれこそ「皆殺しにしてくれる」とまで思い詰めていて、そこから転じて「いじめをはじき返す」「はね返す」「1人で生き抜く強さを身につける」という信念を持ち続けてそこからさらに「いまに見ていろ」「復讐してやる」とまで思ったのだった。ただ、その後大学生になって宮台真司がいじめについて書いている文を(彼の『これが答えだ!』という著書の中で)読んだ。そこで、腕力でねじ伏せるようにしていじめを克服した人は相互承認ではなく力で相手を屈服させる人間関係に依存するようになると語っていたのを読んで、そういうものかなと思ったりもした。
そんなことをLINEで相手の女性に伝えたところ、「あなたは学び続けている」「忍耐強い、という意味で強いのだと思う」とコメントをいただいた。そういうものだろうか……ぼくはたしかに学ぶのが好きで学び続けられているところがあるのかもしれない。というか、このわがままな性格ゆえにやりたいと思うことしかできない(やりたくない)という心理で動いているというのが本音なのだった。英語にしても、ぼくは好きで学び続けている。嫌いだったらとっくの昔に英語なんて止めてGoogle翻訳かアプリに頼ってしまっていることだろう(今日も「ひざ掛け」はどう英語にしたらいいのか考えたりしてしまった。「lap blanket」でいいらしい)。
いま、この時代にこんなことを書くのはもちろん問題があろうというものだが(端的に「カッコ悪い」ということでいいと思う)、過去にそれこそ英語で言うところの「sissy(女々しい)」人間で泣き虫としていじめに遭ったりもしたので、いまは自分はそれなりに強く・たくましくなったと言えるのかもしれないな……そんなことを考えつつ今日が終わった。その後、MeWeにてフランスの女友だちから励ましのメッセージが届いているのを読む。昔あんなに蛇蝎のごとく女の子たちに嫌われたぼくなのに、いまは「女たちのやさしさ」(とはJ・G・バラードの作品のタイトルだが)を享受できている。変な話だ。
