単純な生活

Life goes on brah!

20251207

今朝、例によって5時頃目が覚める。そしてこれまたいつもどおりなにも書く気にもなれず二度寝して気がつくと7時5分で、そのままシャワーを浴びて洗濯機を回す。7時50分から英会話のZOOMミーティングに参加する。毎週日曜日はとくに話題を設けないフリートークの日で、だからざっくばらんに皆が思いの丈を話す。今日はなんだかよくわからないうちに(年配の方々が多かったからか)第二次世界大戦の時代に存在したという「オレンジ計画」に話題がおよぶ。

ぼくはそんな言葉聞いたこともなかったのだけれど、どうやらこれはあらかじめ戦争が決定づけられていたとかいう(昔の某アニメの「ゼーレのシナリオ通り」みたいな話だ)、そういう次元の話題らしい。そこからいまの世界情勢じたいもあらかじめエイリアン的な人知を超えた存在がコントロールしているとかいう話に向かってしまい、さすがのぼくもついていけずタジタジになってしまった。「それがほんとうだったとして、じゃどうしたらいいんですか」と1人の参加者の方が質問されたところ、くだんの方は「とにかくそういうものと腹をくくってクールに生きるしかない」という話をされて、それで話が終わってしまった。

なんだか陰謀論じゃないか……と思ってしまったものの、でもこの「クールに自分の生活を整えて、万事を流れに任せて生きる」という考え方は村上春樹の小説の主人公の考え方そのもののような気もしてきて、それが根っからの村上主義者たるぼくとしては落ち着かない。ぼく自身、過去にどうしようもなくなった時に村上春樹を読みふけって救いを見出さんとし、そこから世界は「羊」(『羊をめぐる冒険』)や「やみくろ」(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)によってあらかじめ転がされているに過ぎずそこにおいてぼくたちができることは「踊る」だけ(『ダンス・ダンス・ダンス』)という世界観に自分をなじませようとしたことを思い出す。

だが、村上春樹の小説はそうした世界の指令にたいする抵抗・反抗としても読めるとも思う。『羊をめぐる冒険』はけっきょくそうした「羊」との対決の顛末がラストシーンで語られるし、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ダンス・ダンス・ダンス』にしても「踊る」ことは体制に順応することを意味するようでいて、その表面をひっかくような(ひっかく程度であっても)反抗のあかしでもあったようにも思うのだ。このこと、考え直してみるとおもしろいかもしれない。

10時から仕事に入る。仕事中、今晩予定されている友だちのZOOMミーティングでぼくがおこなう英語での2分間スピーチのことを考える。シンプルに「My Dream」について話そうと思ってあれこれ練ったのだったが、はたしてうまくいくかどうか。思えば、いつも書いていることだけれど30代の頃はぼくは夢なんてまぼろしだとうそぶいて、それで毎日毎日酒を浴びるように呑み、そして死にたいとばかり願っていたのだった。いま、たまたまトム・ウェイツを聴いているのだけど、トム・ウェイツを気取って「酔いどれ天使」になりきったつもりで、泥酔し惰眠をむさぼるのが日常だった。

あの頃、ぼくは自分の人生を生きている気がしなかった。真実として、誰もが自分の人生を自分を主人公として生きている。どんなみじめな人生であろうとなんだろうと主体性はつねに生きている人の内にあるはずだ(少なくとも、ぼくはそう信じないとこんな人生を生きていける自信がない)。だがあの頃はぼくはもう生まれてきたことじたいが負けだという考え方にはまり込んでしまっていたのだった。反出生主義の本を読んだことはなかったにせよ。

この世から消えたい、もう死にたい……そんなことを希い、その攻撃的な気持ちが他人に向いて親に「死ね」とか「なんで生んだ」とか、そんなことを言い放ったこともあった。それを思うといまは夢もできて、豊かに生きているとは言えないにせよすこしは味わいのある人生を生きているということなのかもしれないなと思う。昼休みになり、そんなことを英語でメモパッドにしたためていく。

30代の頃、人生は終わったと思った。いや、いまから夢を見たところでそれをかなえられるという保証もない。ましていまから成功したところで(しないと思うけれど)、いったいなにを成し遂げられるだろう。でも、ぼくのまわりにはそんな感じで夢を見る人たちが集まるようで60代になってからも夢を見始めてかなえようと頑張っている人もいたりして、だからぼくも「これでいいのだ」と思えるようにもなった。それがうれしい。

仕事終わりに図書館に行って、そこで沢木耕太郎ミッドナイト・エクスプレス』を借りてきた。この本もだいじに読み返したいなと思う。その後、8時をまわりくだんの友だちのZOOMミーティングに参加する。そこですこし英会話を楽しんだ後、ぼくの2分間スピーチを披露させてもらう。これまでに書いてきたことをなぞることになるけれど、40代を過ぎてようやく見えてきた夢について話すことを選んだ。

けっきょく、話せば話すほどうわずってしまい早口になったと反省するも熱心に質問してくださる方もおられ、楽しい時間を過ごせたと思った。ありがとうございました。