単純な生活

Life goes on brah!

20251202

今朝5時頃起きて、それで例の官能小説「I Wanna Be Your Dog」を書こうとしてもまったく頭が動かず、それで昨日の遅番のハードワークで力尽きたこともあって二度寝してしまう。起きて気がついたら7時20分頃で、今日はもうシャワーも洗濯もいいかとも思ったりしたのだけどなんだか落ち着かないので「いつもの英会話のZOOMミーティングは遅刻してもいいか」と思いさっさと済ませてしまう(結果としてはなんとかZOOMミーティングには間に合った)。今日の話題はAIについてで、使用する言語によってAI(ChatGPTやGeminiなど)の回答の正確さが異なってくるというのが事前に提示されていた資料の情報だった。

前にも書いたように、ぼくはふだんはめったにAIを使わない。いまいち信用できないのだ。もちろんうまく使えばAIはそうとうに効果的に働いてくれることは知っているが、彼・彼女とのやり取りを楽しんでいてもそのなめらかで淀みのない返答がしばしどこか無機質に思えて、偏見の産物であることはわかっているのだけれどそれでも不信を感じてしまう。こんかいのミーティングではChatGPT(「チャッピー」と呼ぶ人もおられるとか)を擬人化して名前をつけて、声でやり取りを楽しむ剛の者もおられて参考になった。ある方からSesameという音声ベースのAIのチャットシステムを教わり、これは試してみる価値があるのではないかとも思った。

その後、以前に書いた2分間スピーチについてあれこれ朝の仕事中のかたわら考えを練り始める。ホストの方の話によればそれこそこのスピーチの草稿をAIで仕上げることも問題はないということなので、ふだんならぼくは自力で草稿を仕上げることに拘泥してしまって泥沼にハマっていくのだけどこんかいはAIを使ってみるのもいいかなと思ってしまった。ただ、それだと学習の体をなさないという考え方もうなずけるので、どうしたらいいのかが悩みどころだ。ともあれ、話す題材が固まらないとどうしようもない。「ぼくの将来の夢」ということでいいかなと思った。

まず、「Do you have a dream?(夢はありますか)」と聞いてくださる聴衆に語りかけ、そこからぼく自身の夢を語っていくのはどうだろうかと考えてみた。ぼくの場合はどうだったか。10代の頃は作家になりたいという夢はあったけれど、それも夢破れて20代・30代は酒におぼれてそれどころではなかった。40代になってなんとか断酒に専念させてもらう環境がととのったものの、それでもまだまだ右も左もわからない中を歩くしかなく夢を持つとか目標をかかげるなんてことは、それこそ夢物語にほかならなかった。

夢なんてない。毎日毎日、その時々の現実に殉じて生きる……そんなふうにうそぶき、大志を持つ発想を捨てて日々を堅実に生きることを目指したこともあったっけ。でも、変なもので断酒をはじめてから健康を取り戻し、仕事でもジョブコーチの方の尽力もあってなんとか周囲とコミュニケーションが回るようになり、私生活でも恋をしたりあれこれ楽しいイベントにも恵まれるようになったりしたことから、しぜんと自分の中から「もっとあんなこともやってみたい」「あれを試してみたい」と欲が出るようにもなったのだった。

その欲に突き動かされ……思えば英語を40の歳にふたたび学び始めたことだって、まったく予期せずはじまったことでもある。もともとは英文学を学んで柴田元幸みたいな翻訳者になりたいという夢こそあったものの、それもいま思えばどこまで現実味のある話だったことか。何年か前、仕事をしていてふと「ぼくの英語力でもっとこの町と世界を橋のようにつなぐことができないだろうか」と考えるようになったのだった。

ああ、なんだか考えるままに書いていたら今日は書きすぎてしまった。身に余る大きな夢(私利私欲が先走った白昼夢)ではなく、ほんとうに利他と利己を両立させた自分の夢としてこの「橋のような人間になりたい」という思いはある。そんなことをスピーチの草稿として書けないものかとあれこれ考える。昼休みもサンドイッチを食べた後、こんなことを英語でメモパッドに書きつけていく。今日は夜に英会話教室があるので草稿作成は無理だけれど、でもかならずかたちにできたらと考え始めた。

夜、仕事終わり図書館に行きそこで堀江敏幸『回送電車』第一巻や『余りの風』などを借りる。その後イオンに立ち寄り、そこでしばし『おぱらばん』の続きを読む。ChatGPTやGeminiならぼく向きの小説のスタイルを教えてくれたりするんだろうか? リチャード・ブローティガンフェルナンド・ペソア、あるいは梶井基次郎みたいな鮮烈なマッチの炎のように一瞬燃え盛って散る、そんな小説……その後、英会話教室に行きそこでクリスマスについて学ぶ。なんとか今日も気忙しい1日を終え、ホッとくつろぐことができた。そしていま、この日記を書いている。