朝、5時頃目覚める。スウェードやポルノ・フォー・パイロスの曲などを聴きながらDiscordのサーバをいろいろ渡り歩いて、そこで日本語と英語で書き込んでチャットを楽しむ。あるサーバにて、ぼく自身がここさいきん抱え込んでいる悩みごとである性愛の件についてコメントをいただく。ぼくが女性を希求する心理を持つことじたいは当然のことである、という内容だった。そうなのだろうか……あまり過去のことを書いてもみっともないしまた実りもないのだけれど、ただぼくの場合は発達障害がわざわいして女性のクラスメイトにほんとうにこっぴどく嫌われたので、いまだに女性を総じて警戒するところがあるのだった。一時期はミソジニーな考えに染まったことも告白しておきたい。
「なぜ振られたのか」、「なぜ嫌われたのか」を考えることがいまの自分を変える礎になり、未来を変えていく基礎になる……という内容のメッセージを頂戴する。このメッセージに、ぼくは橋本治(ぼくが10代の頃に多大に影響を受けた日本の偉大な思想家)の言葉を思い出した。恋愛は中途半端にできあがった自我を壊すためのきっかけであり、その壊すプロセスを経て自分をより大きな存在へとリモデルさせること、といった内容ではなかっただろうか。ぼくも思えば10年前、自助グループで知り合ったある女性に告白して(うまくいくわけもなかったのに)、それはけっきょく玉砕して終わったのだけれどでもいろいろなことを学んだと自負する。
そう考えていくと、いま苦しい時期に差し掛かっていることは自分自身を成長させる時期にあるということをも意味するのかなあ、と思って安気に構えることにした。ただ、それで邪欲について記す散文詩の計画がうまく行ったかというと、今日もなんだか相談のやり取りに気を取られてなにも書けなかった。そういう日もある。なにはともあれ、朝は来る。朝7時になり、シャワーを浴びて洗濯機を回す。そして7時50分から英会話のZOOMミーティングに参加した。
今日は事前に課題は設けられておらず、自由気ままにしゃべれる日ということで気心知れた方々と3人でブレイクアウトルームにてワイワイ話す。ぼくが国際交流協会の活動の一環としてフィリピンやバングラデシュといった国々の方々と同じお祭りの席ですこしばかりお話ししたことなどを話し、そこから国際交流を目的として他の方がどういうことをされているかで盛り上がった。そこから話題が脱線し、リモートワークの話題から部屋でどのように過ごしているかの話になりぼくがグループホームの生活スタイル(共同スペースのキッチンがある環境で生活していることなど)を話したりして、あたえられた時間をなごやかに過ごした。
10時より仕事を開始する。昼休みになり、カバンの中に入れていた津原泰水の不朽の怪作『ペニス』や鈴木創士訳の『ランボー全詩集』などを読みつつ、英語でメモパッドにあれこれ考えたことをしたためていく。こんな過ごし方でいいのかなあ、と思わなくもないが……ただ、以前(それこそメンター兼元ジョブコーチの方とお会いする前)は職場にいても疎外感・孤独感を感じるばかりで、自分がひどく場違いな「火星の人類学者」(テンプル・グランディン)になってしまったような気分になり、味方のいない境遇にさびしさを感じたものだ。それと比べるといまはたしかに自分を支えてくださる方々の存在を感じる。それはいいことだと思う。
思えば、その津原泰水『ペニス』の好色にして不能の主人公が50歳ということでいまのぼくと同い年なのだった。はじめて読んだのがいつだったか……この作品と伴走して過ごしてきたが、年を重ねるごとに身にしみて「加齢」「老い」を感じさせられる文学として受け取る。以前に笠井潔がこの作品をバタイユやサルトルと対比させて論じていたのを読んだことがあったが、いまのぼくは(スットコドッコイな対比をするが)川端康成『眠れる美女』的ないじましささえ感じてしまう。いや、読み返さないと突っ込んだことは語れまい。こんかいの再読でどんなことがらに気づくだろうか楽しみだ。
……なんだか日々、こうして本を読んだりあれこれ考えたりしていることを落ち着いて書いていくと自分が沈思黙考の人というか、冷静沈着に生きているような気がしてくる。でも、今日もぼくは職場で失敗したりしたしぜんぜん落ち着いた人間ではない。いつもどこかを走り回って、それこそ性欲や物欲や食欲に振り回されてうろたえて衝動買いして後悔して、それでもやめられず困っているというのがほんとうのところである。なんらカッコよくも渋くもない。50にもなるともっといろんなことが解決すると思っていたが、そんなにうまくいくものではないらしい。なら、開き直ってもっとアナーキーというかエッチな自分自身を出してもいいのかなあ、と思ったりする。どうなのだろうか。こればかりはぼくにはわからない。
退勤時間になり、自室に戻ってそして食事を済ませる。するとまた昨日と同じく眠くなって、寝て……いつもこうだ。朝起きて、シャワーを浴びて洗濯して、ZOOMを楽しんで、仕事をして食べて寝て、あいまに本を読んだりして……どんどん生活が単純というか簡素というか、素寒貧というかそんな感じになっているような気がする。そうして簡素な生活の中に身を置いたらよけいなことを考えなくとも済むとも言えるので、それがぼくの精神衛生上いいのかもしれない。ただ、この生活の延長上になにかしら自分を変革させるきっかけを求めるのも非現実的な話なので、なにかここらでドッカーンと一大決心が必要なのかもしれないなあ、とも思ったりした。
